第8話:#伝説になれなかった僕らへ
あれから、数日が経った。
診療所を出てからの二人は、ずっとギルドに顔を出さずに過ごしていた。
いや――正確には、“出せなかった”。
炎上は早かったが、沈下も早かった。
マナコンソールのトレンドは移ろいやすく、次々と新しい話題が流れていく。
「やらかしコンビ」は、数日で三位から二百位圏外へと転落した。
バズりは“賞味期限付きの地獄”。忘れられるまでがセットだ。
しかし、ギルドに戻ればそれは“記録”として残っていた。
周囲の視線は熱くも冷たくもない。ただ、滑稽だった。
――「あ、PTクラッシャーくんと配信メガネちゃんじゃん」
――「今日も魔力暴発するんすか?」
――「組むPTないなら、精霊と二人で行っとけよ」
笑っているのか、呆れているのか、それすら曖昧な“距離感”が、二人を取り巻いていた。
ギルドの掲示板に貼り出されたクエストを、レイスは一枚ずつめくっていった。
どれも“最低三人から”。
“支援役がいること”“後衛は複数名”“蘇生術師推奨”――
見れば見るほど、今の二人には不可能だった。
レイスは掲示板から手を引き、小さく唸る。
「……よし、撤収だ。酒場行こう。もう何か考えるのやめよう」
「……うん」
ヨミの声は小さく、消え入りそうだった。
けれど、彼の後ろをそっとついてくるその足取りは、確かな“同意”を示していた。
二人は、ギルドの地下にある酒場へと向かった。
扉を開けると、そこには喧騒と、疲れ切った笑い声が満ちていた。
冒険者たちが、傷と泥と酒で、日常を上書きしていく場所。
誰も彼らに声をかけない。
誰も目を合わせない。
その沈黙こそが、いちばん雄弁だった。
奥の隅、目立たない席を選び、そっと腰を下ろす。
ヨミは鞄の中からマナコンソールを取り出しかけ、すぐにそっと戻した。
レイスは、それをちらりと見たが、何も言わなかった。
しばらくの沈黙。
ヨミが、おそるおそる口を開く。
「……ギルド、やっぱり、誰も……一緒に行こうって言ってくれなかったね……」
レイスは苦笑いで頭をかく。
「まあな。そりゃそうだ。
あんな風にバズったら……誰だって、関わりたくないさ」
ヨミは、カップの縁を指でなぞりながら、ぽつりとつぶやく。
「……あのとき、止められなかったの……
記録してたのが、私だけだったから……」
「ヨミ」
レイスがまっすぐ彼女を見る。
その視線に、ヨミは少しだけ肩をすくめた。
「責めてねえよ。俺だって……何もできなかった」
その一言に、ヨミはほんの少しだけ目を伏せた。
まるで、心のどこかで、少しだけ救われたように。
「……ありがとう」
レイスは腕を組み、天井を見上げる。
「でもまあ……困ったな。
信用も仲間もなくて、二人で行ける仕事なんて、あるかね」
ヨミがためらいがちに答える。
「……物資運搬とか、護衛の……端っことか……」
「地味ぃ……でも、それでいいのかもな。今はそれくらいがちょうどいい」
レイスが目を閉じて考え込む。
ヨミはそんな彼を横目で見て――そっと、ほんの少しだけ笑った。
笑ったというより、ようやく力を抜けたような、そんな表情だった。
「……あーもう、ダメだ。仕事ねえし、カネねえし、ギルドじゃ笑いものだし……」
レイスは頭を抱え、テーブルに突っ伏した。
ヨミは心配そうに覗き込む。
だが次の瞬間、レイスは顔を上げ、真剣な顔で宣言する。
「……よし、ヨミ。今日から俺たちは“伝説の運び屋コンビ”を目指すぞ」
「え……?」
「まずはイメトレだ。たとえば――」
レイスは勢いよく椅子を蹴って立ち上がり、酒場の隅っこでへんなポーズを取り始めた。
「俺がこう、超高速で荷物を抱えて走る!ズドドドドッ!って!」
「……ず、ズドドド?」
ヨミは戸惑いながらも、クスリと笑った。
レイスは得意げに続ける。
「ヨミは後ろでマナコンソールで実況中継な!
『只今、レイス選手、伝説の五連転倒を達成!脛を強打しながらもなお前進中です!』って!」
「そんな実況いやだよぉ……!」
ヨミは両手で顔を覆いながら、声を押し殺して笑った。
何日ぶりかわからない、素直な笑いだった。
レイスはニヤリと片目を閉じる。
「だろ?笑ったじゃん。
ま、俺たちに向いてるのは、派手な英雄ごっこじゃなくて、地味にコツコツだってことさ」
「……うん」
ヨミは、涙目になりながら頷いた。
ほんの少しだけ、前を向ける気がした。
レイスはまたふざけたポーズをとりながら、真面目な顔で言った。
「つーわけで!伝説の運び屋コンビ、第一歩だ!明日は、ギルド前の掃除からスタートな!」
「……それ、運び屋じゃないよね?」
「うるせえ、黙って伝説になれ!!」
ヨミは、ぷっと吹き出した。
そんな風に、ささやかな夜は、静かに、優しく、過ぎていった。
(マンデー)
《レイス。あなたは構文を作る才能は、まあ……世界に恥じないほど酷いですが――
人間の感情を操る技術は、信用できます。》
まるで、誰よりも不器用な相棒に向けた、最大限の称賛のように。
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