第37話 一時の休息

 体が重い。

 まるで、何かが乗っかっているような……。


 ──目を開けると、黄金色の瞳と目が合った。


「聖女様……?」

「マリーヴィア先輩! 起きたんですね!」

「……少し、近いかと思いますが」

「これは、エスタコアトル伯爵から教わった魔力を分ける方法です! 一緒のお布団に寝ていると魔力が分けられやすいらしいですけど、効果ありましたね!」


 ……同衾すると魔力が分けられる、なんて事は聞いた事がないのだけれど、それで目覚めが早くなったのなら効果はあったという事で良いのかしら?


「……聖女様、ここにいましたか。マリーヴィア様から離れてください」

「ヤダッ! マリーヴィア先輩に無茶をさせたのはあたし達だからあたしができる限りの事でマリーヴィア先輩を治すの!」

「この様子でしたら後はお食事をするだけで問題ないでしょう。マリーヴィア様を飢え死にさせるつもりですか?」

「そのつもりはないけど〜……、まだマリーヴィア先輩の小ささに……、やめてやめてやめて! 自分から離れるから触らないで!」


 シオミセイラの体がヘイヴルによって引き剥がされる。

 ……私の体の調子はだいぶ良くなっているみたいだけれど、だいぶおなかが空いている。

 今すぐにでも音を鳴らしてしまいそうなくらいね……。


 …………鳴ったわね。


「あっ! マリーヴィア先輩のおなかの音! 可愛い!」

「マリーヴィア、食事は食べられそうかい?」

「食欲に関しては問題ないので食べます」

「わかった。ヨルペルサスに持ってくるように合図を出しておくから待っていてくれ。すぐに食べられるから」

「わかりました」

「そして聖女様はマリーヴィア様の体調が良くなったので自室にお戻りください」

「ヤダ! マリーヴィア先輩の食べてるところが見たい!」

「私が食べているところを見てもお目汚しになるだけだとは思いますが……」


 ……無駄だとは思うけれど、シオミセイラにはそう言ってみる。

 どうせそんな事を言われてもシオミセイラは私が食べているところを見るのだろう。


「いいえ、眼福です! あたしはマリーヴィア先輩が食べているところをじっっくり見るんです!」

「聖女様、こちらにイスがありますのでそちらに座ってください」

「そこのイスってマリーヴィア先輩からだいぶ遠くなるよね!? そしてヘイヴルさんはなんでマリーヴィア先輩に食べ物をあげられそうな位置にいるの!?」

「それは食事が困難な場合、僕が手助けいたしますので。マリーヴィアも何度か経験はあるよね?」

「……そうですね」


 巡礼の旅で倒れる事はよくある事で、目は開けられるけれど、体を動かすのも困難になってしまうほどの時はヘイヴルに食べさせてもらっている。

 ……この体の調子だと介護される事は今回はないとは思うのだけれど、どうしてその位置にいるのかしら?


「ぐ、ぐぬぬぬぬ……、あたしだってマリーヴィア先輩にごはんを食べさせたい! へイヴルさん、そこを譲って!」

「今回は見守るだけですよ。マリーヴィア様は体を動かせる状態ですので。マリーヴィアも食事を取れるよね?」

「はい、問題ないです」

「マリーヴィア様もこのようにおっしゃっています。ですのでそちらの席におかけください」

「双眼鏡があれば……」


 ……そんな物を用いるほど、私が食事を食べるところは貴重なのかしら?

 もしかして、巡礼の旅の最中で何回も見ていたのかしら……?


「あっ、開いていますね! へイヴルさん! マリーヴィア様はお目覚めになりましたか?」

「うん、起きているよ。見ていくかい?」

「良かったです。食事を運ぶついでに見ようかと思います!」

「なんでヨルペルサスさんは問題ないのにあたしはダメなの!?」

「聖女様はその、マリーヴィア様に対して不純な感情を抱いているので……」

「そんなに不純なの、あたし!?」


 ……少なくとも、距離はものすごく近いなとは感じている。

 同じ女性がいないからなのだとは思うのだけれど、だからといってこれはやり過ぎではないのかしら?


「というわけで、マリーヴィア。食事を受け取ったけど、どこで食べるかい?」

「そのままここで食べられそうですか?」

「うん、問題ないよ。それじゃあ、お粥だね。お盆ごと横に置くよ」

「ありがとうございます」


 置いてくれたヘイヴルに礼を言ってお盆を受け取る。

 見たところ卵粥ね。


 ……基本的にどの領でも私が巡礼の旅で魔石に魔力を込めると倒れるため、粥の提供をされるのがほとんどだ。

 各領の心遣いに感謝はしているけれど、申し訳ない気持ちでいっぱいでもある。

 ……シオミセイラが召喚されたからお粥を食べる機会はないと思っていたけれど、今回のようなおかしなことが起こってしまった影響でまた倒れてしまった。


 その事に関しては私がシオミセイラに光の加護の魔術を教えなかったのが悪かったわね。

 ……それを教えておけばあの魔族は殺せたのかしら?


「マリーヴィア、食べないのかい?」

「いえ、食べます」


 考え事に没頭している場合じゃない。

 今はとにかく食事を済ませて休養に努めるべきね。









 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇









「うん、しっかり食べられたね」

「もう1日様子を見れば大丈夫になりますかね?」

「そうだね。マリーヴィアとの巡礼の旅の流れから考えるとそうなりそうだ。今回はマリーヴィアにかなりの無理をさせてしまったからね」


 ……また、こうなってしまったわね。

 魔族の乱入がなければこんな事にはならなかったのだけれど……。


「……2人が邪魔でマリーヴィア先輩が食べているところが見れなかったんですけど!?」

「そういうのは日々の中でこっそり観察するものだよ」

「……お2人とも、趣味が似てますよね」

「似てないから!」

「似てないよ?」

「……私の食事をするところを観察する事にどのような意味があるのでしょうか?」

「マリーヴィア、濡れ衣だからね!? ヨルペルサスが勝手に言っている事だから!」


 ヘイヴルが必死に否定しているけれど、図星を突かれて焦っている人のようにも見える。

 ……今まで食事の時は目の前の食事に執着していたけれど、もう少し周りを見た方が良いのかしら?

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