第8話 聖女の騎士と王宮騎士
……これは、一体。
訓練場を見れば青い軽鎧を着た人の山、山のない中心部にはへイヴル以外の聖女の騎士が戦っている。
なぜ同士討ちを?
王宮騎士にする訓練とは?
「……あ〜、マリーヴィア、これは」
「脆弱……」
思わず本音が漏れてしまった。
聖女の騎士と言うのは王宮騎士の憧れ、とは言われているけれど、このような情けないところを王宮騎士が見せているのなら魔物で実戦を重ねた方が良いのではないのかしら?
「……言ってくれるな、マリーヴィア」
「……フォルトゥール様。聞いていらしたのですね」
私の兄、フォルトゥール=フォン=アストヴァルテのことは兄上であったり、お兄様であったり、兄と直接呼ぶことはしていない。
実家で顔を合わせる機会がないからだ。
血が繋がっているとは言えど他人。
それが私の認識である。
その兄もまた、私の失言を聞いて苦虫を噛み潰したような顔で私の方を見ているが……。
……兄もこの人の山に紛れていたという事はもしかして私が従えている聖女の騎士よりも遥かに弱いのだろうか?
「情けないところを見せたな。これは単に全員対全員の実戦を行っていただけだ。王宮騎士は決して脆弱ではないからな」
「……そうですね」
兄の苦虫を噛み潰したような表情はすぐに消え、にこやかな表情を見せる。
おそらくは愛想笑いに近いようなものだとは思うけれど、気にしないでおこう。
「とりあえず、僕が彼らを止めてくるよ。このままだと怪我人が増えてしまう。……この様子だと怪我人が出ているだろう?」
「そうだな。……マリーヴィア、治療を頼めるか?」
「えぇ、大丈夫です」
ひとまずは聖女の騎士達の暴走によって現れた怪我人の治療が先だ。
治療院に行くには少し遠い上に費用の負担もある。
ここは私が王宮騎士の治療をしよう。
杖を取り出し、長さの調整をしながら怪我人達の方へ向かう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
聖女の騎士達が同士討ちをしている余波を受けない場所で怪我人に治療魔術をかける。
……出血をしている騎士もいるようだ。
主犯はマイロスね……。
「マ、マリーヴィア様? セイラ様は……?」
私の姿を見ると目を丸くする騎士がいた。
……やはりシオミセイラを期待しているようね。
「私で我慢してください。ひとまず、治療魔術をかけますね」
範囲ごとに区切って治療魔術をかける。
なるべく出血部位は無くしたいところだけれど患部の確認ができない以上、困難な話だ。
とりあえず、聖女の騎士の乱闘に巻き込まれないように移動するべきだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「治療魔術が完了しました。皆様、立てますか?」
人の山から次々と人が立ち上がる。
土埃が酷い人達がいるけれど、それは専門外だ。
「いや〜、マリーヴィア様の治療魔術はよく効きますな~、無料な上によく効く! 治療院の治療魔術とは全然違うんですな〜」
「マリーヴィアを煽てても何も出ないぞヴィスアール。お前がケチなだけだろう」
「いや〜、治療院の俺の担当はどうもジジイばかりでしてな〜、若い女の子の治療も受けたいわけですよ、フォルトゥール様。貴方はそう思ったことはありません?」
「……俺の担当は女性がほとんどだが」
「あ、あいつら〜!!」
……思わぬ治療院の裏話を聞いてしまった。
思ったより俗な場所のようね。
兄の担当に女性ばかりが着くのはアストヴァルテ伯爵家の嫡男の妻としての立場が欲しいからかしら?
「マリーヴィア、魔力の消耗は大丈夫かい? 聖女の塔に戻っても……」
「聖女の塔に戻るほどのことではありませんが、これ以上何もすることはありませんし、戻りましょうか」
現に王宮からの外出が禁止である以上、何もすることがない。
しばらくは何も刺激しない方が良さそうね……。
「わかった。それじゃあみんな、戻ろう」
「はぁ、やっと解放されました」
「もう終わりかよ〜。俺の二刀流、まだまだ振るいたかったがな〜」
「……足らん」
「マイロスにエドガー、貴方達はやり過ぎですよ。……魔物と戦えれば良いのですが、叶いませんね」
聖女に出された外出禁止令はその聖女の騎士も対象だ。
……魔物と戦えれば、皆の、特にマイロスとエドガーは満足するとは思うけれど、どうにもならないわね。
「足りないのはわかったから聖女の塔に戻ろう。なんなら僕が相手をしても構わない」
「……それは本当か!?」
「おうおうおう、ヘイヴル坊ちゃんもやる気になったか!」
「キミ達を満足させるためだからね? それじゃあ、行くよ」
ヘイヴルに従って私と聖女の騎士達は聖女の塔に戻る。
……しばらく何をしようかしら?
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その日の晩ごはんの際、手紙転送陣で一報が届いた。
──内容は、セイラ=シオミの聖女認定の儀を明日執り行うということ。
「……もう、なのか?」
「脆くなっている聖結界があるからでしょう。私の力が及ばない結果、このようなことになってしまったと考えられますね」
「大体よ〜、あの聖女サマ、儀式なんてできるのか? 召喚された時もなんか浮かれてたぞ? マリーヴィア様の時は大人しかったからまともな儀式だったけどよ〜、大丈夫か?」
「聖女認定の儀では魔石で光の魔力を検知できれば大丈夫なはずなので大丈夫だとは思います」
確かにそうだ。
……私が聖女認定の儀を行ったのはまだ1歳にすらなっていない頃。
その幼児ですらできたのだから問題ないのでしょう。
「それにしても、早すぎる聖女認定の儀だな……。これまでの聖女認定の儀は召喚されてから2日、なんてことはなかったはずだ。……何か裏があるのか?」
「それは私達が知るべきことではないのでしょう。今は明日に備えて眠りましょう。聖女の儀は12の刻に行われるはずです。少しでも早く起きて朝食を多めに食べましょうか」
「マリーヴィア様、俺の分は取らないでくれよな?」
「5の刻まで起きてくだされば考えます」
「生たまご! 生たまごだけは何卒!」
そのような談笑をしながら私達は夕食を食べ終えた。
……恐らく、明日の朝が最後に聖女の騎士達と食べられる最後の食事になりそうね。
それに、聖女の任も解かれるはず。
……そのはずよね?
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