04話「レーガドンナ」
とても長い間眠っていたような気がする。寝ぼけているような感覚の中で、ゆっくりと上体を起こし辺りを見回した。
そこは文字通り何も無いところだった。
真っ白なのか、真っ黒なのか……目眩がするようなところだった。
……選ば……その魂を……私はお前の味方――
どこからかそんな声、いや声というより思念のようなものが俺の頭に流れ込んできた。
その時に気づいた。声が出ない。
自分は大声を出しているつもりでも、声がそれに伴わない。とても不思議で気持ちの悪い感覚だ。
……お前に助言を……未来は確――
段々とその主の姿がはっきりと見えてきた。目の前に立っている異形のその声の主。
成人男性程の背丈で服は着ていない。全身が真っ白でその輪郭はぼやけていて不明瞭。
何より異形なのは、それは首から上が無かった。
それが腕を組むような動作を見せた瞬間、俺は再び後頭部を勢いよく何か固いもので殴られたような衝撃を受け、意識を失ってしまった。
***
小気味よく揺れる振動で目が覚めた。電車のそれとはまた違うとても心地よい……このゴトンゴトンって音もいいな。
「お、ようやく目を覚ましたか。よく生きてたな」
ふと前方からそんな声がした。少し低くてどこか安心感がある良い声だ。
まだ眠い目を擦りながら、辺りを見回した。
左右は白い布のようなもので貼られている。辺りには木箱がいくつか無造作に積まれていて、少し埃っぽい。床も硬いし。
後ろを見ると、景色が高速で流れていく。前方には先ほどの声の主であろう少女? いや声色的に少年か。とにかくまだ幼い子が手綱を握っていた。
そうか、ここは馬車の中か。
……いや、待てよ? さっきの夢はなんだったんだ?
先ほどの頭のない白いのを思い出すと酷く悪寒がした。言っていたことも意味わからないし……どういう事なんだあれは。
「なんだ? まだ寝ぼけてんのか? そういや、酷くうなされてたみたいだし、悪夢でも見たのか」
その子の問いかけに対する処理が数秒かかった。寝起きで頭がまだ働いてないからだろうか。
この瞬間、何かが頭の中でちぎれたような感覚がしたが、なぜかあまり気にとめなかった。
「いや、分からない……俺は何か夢を見てたような気がするんだけど……覚えてないな」
「よくあることだろ。気にすんな」
その子は興味が無いと言わんばかりにそう言った。
嫌な感じだ。
思い出せそうで絶対に思い出せない。
「そんなことより、あんな道の真ん中で寝てる方が問題だぞ。何してたんだ? 」
「俺は確か、森の中を歩いてて……そこからあんまり記憶が無いんだ」
とても長い夢を見ていて、まだその夢の中にいるようなそんな気がする。
少し考え込んでいると馬車が止まった。
「休憩だ。降りてきな」
馬車の荷台の後ろからその子はそう言った。
降りると、そこにはとても綺麗で大きな湖が広がっていた。
「綺麗だ……」
思わず心の声が口に出てしまった。
背伸びをすると、とても気持ちがいい。
ふと隣を見ると、そこには謎の動物が湖の水を飲んで嬉しそうに喉を鳴らしていた。
馬車だからそこにいるのは馬なのだろうと思っていただけに、とても驚いた。
「なんだお前、稚竜初めて見たのか? 」
この謎の動物は稚竜というらしい。確かに言われてみると馬サイズの小柄な竜……と言われればそう見えるかもしれない。
「さて、自己紹介が遅れたな。俺の名はレーガドンナ・ヴィクトリア。ただの行商人だ。で、お前は? 」
俺は……と言おうとして、ハッと思った。バカ真面目に望月綜です!と答えて良いのだろうか……この体の持ち主だった子にはその子の名前がある……それに恐らくだがこの世界の名前のスタンダードはカタカナ名だ。
「よ、よろしくなレーガドンナ……俺は、ソウ・モチヅキだ……ただの、旅人だと思う」
色々悩んだ挙句、名前を流用しこの世界に適応してカタカナ名にしたが……どうだ、いけるか?
「そうか、ソウ・モチヅキ……良い名だ」
良かったー! 違和感なかったっぽいな。これからはこの名前を名乗ろう。怪しまれるのは避けた方が良いだろう。
そしてごめん、この体の前の持ち主さん……名前分からなかったから……許して。
「そうだ、ちなみに男の子……でいいんだよね? 」
「あぁ、そうだ。俺は男だ、この名前と見てくれから間違うやつもたまにいるが、まぁ慣れたもんだ」
確かに言われてみると、レーガドンナのドンナは女性を意味するのだったか?
「親父とお袋が、俺が腹の中にいる時から女の子が産まれると思ってたらしくてよ、そんままこの名前になったんだ」
異世界ではそんなこともあるのか。
「よし、休憩終わりだ。行くぞ」
「え、行くって……? 」
なぜレーガドンナは道の真ん中で寝ていた俺を拾って連れていってくれるのだろうか?
「当たり前だろ。お前は俺が拾ったんだ。とりあえず面倒見てやる。それに行くあてもないんだろどうせ」
全て言ってることは正しいが……さっきからちょっと鼻につくなこいつ。だが……ありがたい。1文無しだし。
「一生ついていきます! 」
「言ってろ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます