廻廊
まなじん
廻廊(0:0:2)
所要時間 約40〜50分 性別不問サシ劇
※演者のテンポによって前後あり
※演者によって調整可、無理のない現実的なレンジ
登場人物
湊音(みなと):ずっと明晰夢の中でペンギンと会話する人間。ガサツな性格で終始ツッコミ。性別不問。
フィユ:湊音の夢に出てきたペンギン。なぜか湊音と話す時は人の形態になっている。笑顔で胡散臭い。性別不問。
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モノローグ:(湊音orフィユどちらが読んでもよい)
「それは、平凡な人間と、他とは違った海洋生物の、邂逅(かいこう)物語」
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フィユ:
「夢。それすなわち、自らの将来を見据えたものや、目指すべき未来への道しるべ、あるいは願い、祈りなど多種多様に広がる可能性のあることを指す。そしてこういう意味もある。それは────」
湊音:
「(被せて)眠っているあいだに、現実にない体験を起こすこと、だろ」
フィユ:
「そうだ、そのとおりだとも、よく知っているじゃないか人間くん!」
湊音:
「アンタに何回も何回も聞かせられた結果だっての。さすがに覚える」
フィユ:
「そうだったかな?如何せん私は鳥なのでよく忘れるのだ」
湊音:
「飛べもしない、ね。都合よく鳥頭ってことにすんな。三歩歩いたら忘れるなんて迷信、信じてるの?」
フィユ:
「ふふん。火のないところに煙は立たないのさ」
湊音:
「なんでそんな自信満々なんだ…自分の種族がバカにされてるってことだよ?普通、気分悪くなったりするものじゃ」
フィユ:
「それは鶏の話だろう?さて本題に戻ろう。私はきみに会いに来たのだ!」
湊音:
「うわ……」
フィユ:
「あからさまにドン引きした顔をしないでくれたまえ。見回りがてら散歩していたら偶然きみを見かけたので挨拶しに来たんだよ」
湊音:
「アンタもしかして暇人?人間連れてないし…」
フィユ:
「ふふふ。暇人ならずとも暇鳥、といったところか。しかし決して暇ではないぞ」
湊音:
「(げんなりしつつ)……なんで、アンタに惹かれたのか、自分でもよくわからなくなってきた。他とは違うって思ったから、こうやって夢の中で何度も会ってんだろうに」
フィユ:
「コウテイの名を持つペンギンに謁見(えっけん)できるのが誇りに思わないのかい?」
湊音:
「皇帝どころか、近所の友達みたいな感覚、いやいっそ面倒くさいヤツと出会ってしまった気分だよ」
フィユ:
「うんうん、大変元気でよろしい」
湊音:
「ダメージゼロかよ」
湊音(M):
こうなった要因と経緯を、まず紐解いていこう。こんなふざけた態度の自称ペンギン人間と、どういうふうに出会ったのか。
湊音(M):
初めて目が覚めた時にいたのが、水族館だった。廃墟のような退廃的な雰囲気の館内には、しかし客がいた。僕はとあるペンギンコーナーに突っ立っていて、プール状になっている、人間も入れるふれあい広場のような飼育場所にいた。夢故か何も考えずにプールに潜った。水中での呼吸は苦しくなく、普通に声が出た。
湊音(M):
プールの底からキラキラと輝く水面を眺める。そうしたら視界にとあるペンギンが入ってきて、目の前で泳いでいた。声をかける暇もなく颯爽と横切っていったペンギンを追い、ざば、と水中から顔を上げ、探す。明らかに他のペンギンとは違う雰囲気をまとっていた。それは。
フィユ:
「(セリフを繋げるように)どこか格式が高そうで、優雅で、人間の言葉がわかると感じた。目が離せなかった」
湊音:
「心を読むんじゃない…!せっかくの回想が台無しになった。ったく、そんな魔法みたいな芸当、どこで覚えたんだか」
フィユ:
「言うまでもなく、私だからこそ、だ。一等賢いのだから、心のひとつやふたつくらい読むことだって造作もない」
湊音:
「腹立つ言い方…!じゃあ、このモノローグの続き、語ってみてよ。そこまで自負するんだからできるでしょ、コウテイペンギンさま」
フィユ:
「ふむ…では、こうだ」
フィユ(M):
次に目覚めた時には、ペンギンのゾーンが拡張されていた。やはり、あのときのペンギンが変わらず佇んでいた。そしてこんな怖い噂も流れていた。誰もいないはずの場所で、人間が犬のように連れ回されているのを見た。それを連れていたのは……人間に擬態したペンギンだった、という不気味な話。
湊音:
「そのペンギンの正体が、アンタだったってことに驚いたよ。出会ったが最後、グァと鳴かれ、食べられちゃうんだってさ」
フィユ:
「うーん、きみも私のモノローグに介入してくるあたり普通の人間ではないよね。そしてきみは夢の中とはいえ、私に出くわしてしまった。誰もいない奥。静まり返ったエリア。薄暗いなかで、人間を犬猫のように従えたペンギン。怪異のようで、きみが思わず後ずさったのは覚えているとも」
湊音:
「そして噂どおり、僕の前で鳴いてみせた。あんまりにも怖かったから『助けて』なんて無様に懇願してたな。そうしたらアンタは」
フィユ:
「食べないよ?と当たり前かのように喋った。人間と同じく手足が二本ずつ、二つの目があり、鼻はひとつ、唇もひとつ。背丈は普通の少年少女よろしくの見た目。そして」
湊音:
「その足元に飼い慣らされたかのように四つん這いになって、首輪に繋がれた飼育員がいた、だろ?」
フィユ:
「驚きと恐怖で竦むきみに私は言った。『食べられないとわかれば恐怖心は消えるかい?』と。きみはしばらく目を点にしてフリーズしていたね」
湊音:
「そうなるのも当然でしょ。こんなやつの言うことなんか信用できない、人間を自分より格下の生き物だとすら思ってそうな余裕っぷりで、底が知れなくて、このまま夢から永遠に出られないんじゃないかと思い、焦ったほどだった」
フィユ:
「だがしかし、食べなかっただろう?そして現実世界のきみは目を覚まし、食事をし、学校へ行き勉強して、帰ってきて食事、また眠る。細かい箇所は割愛するが、そうして眠りと夢のサイクルに落ちてくる。しかも、明晰夢(めいせきむ)と呼ばれる一種の意識の覚醒のようなものも携えて」
湊音:
「夢の中で『自分は夢を見ている』『これは夢だ』と自覚することだったっけ」
フィユ:
「そう。今のこの状況がまさにそれだ」
湊音:
「一回きりなら『ああ、そうか』で終わるのに、二度も三度も重ねれば不審になる。しかも同じ場所で同じ登場人物がずっと出てくる。それでいて徐々に話が進んでいるような気もしてくる。猿夢(さるゆめ)みたいで正直まだ怖いよ」
フィユ:
「おや、猿夢を知っているとは。人間くんもまだまだ捨てたもんじゃないなぁ。よしよし可愛い可愛い」
湊音:
「茶化すな!」
フィユ:
「ところで……この夢が、猿夢と同じ性質を持っていたら…どうする?」
湊音:
「……え?」
フィユ:
「聞こえなかったかな?ではもう一度。この夢が、猿夢と同じ性質を持っていたら…どうする?」
湊音(M):
聞こえてはいる。むしろ、聞こえたからこその反応だ。ヒュ、と喉奥が勝手に息を呑む音がした。一気にホラーみが増した。よくよく考えてみれば、胡散臭い笑顔を張り付けた自称ペンギンと、なぜこんなにも渡り合えた?
湊音(M):
『猿夢』とは、日本の都市伝説の一つで、簡潔に言えば列車の乗客が次々と猿に殺されていく夢だ。順番にひとりずつ。乗り手となるこちらが機械で挽肉にされかけるところで夢から覚めるが、二度目も同じ夢を見て同じ場面で目が覚める。何度も、何度も何度も。
湊音(M):
そして幾らか繰り返したときに、アナウンスで『また逃げるんですか〜次に来た時は最後ですよ〜』と告げられる、というもの。乗り手はそれ以来その夢を見ていないが次は…という洒落にならない怖い話。ちなみに、夢の中で殺された場合は、現実世界にも作用するとされ、心臓発作という形で亡くなるらしい。
湊音:
「同じ性質…ということは…」
フィユ:
「声に出てるぞー」
湊音:
「……………………」
フィユ:
「ん?どうしたんだ?ああ、疑っているのかい?もちろん冗談だとも!他の存在ならいざ知れず、この高貴な私がなにが楽しくて人殺しに手を染めなければならないのか!だからその殺気と警戒にまみれた眼差しはしまっておいてくれよ」
湊音:
「………本当に?」
フィユ:
「そうだ!ならば人間くん、きみの緊張がほぐれるようにこれから数多の世界を渡ってみようじゃないか!大丈夫、これは夢だとも!突飛なことが起きて気づけば違うシーンに立っていても不思議ではないだろう?」
湊音:
「え、あ、ちょ!勝手に手取るな!」
フィユ:
「ではいくぞ。私の合図とともにジャンプしたまえ。さーん、にー、いーっち!」
湊音:
「…っ!」
*
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湊音:
「…?……ここ、は…教室?放課後、みたいだけど…誰もいないな」
フィユ:
「(被せて)おっまたせー、人間くん。お願いどおり、待っててくれたみたいだね」
湊音:
「お願いどおり?待って?ちょっと意味がわからな…ん?なんだ、このいかにもラブレターですとでも言わんばかりの手紙」
フィユ:
「そうだとも、L・O・V・E!レターだとも!これを、私からきみに♡受け取ってくれ♡」
湊音:
「待て待て待て待て!何がどうしてこうなった!?いきなり夢から夢に飛ばされたかと思えば、今度はどことも知れぬ教室で、告白を受けるのはこれはなんのジャンルなんだ!?しかも相手はアンタ!」
フィユ:
「おや、自覚はあるようだね。さしずめ学園ラブコメといったところか。それもきみと私という異種族同士の禁断の愛をテーマにした。はぁ〜……ドキドキするね」
湊音:
「アンタだけだろ!ラブもコメも情緒があったもんじゃない……!」
フィユ:
「さぁさぁ早く早く!この想いを伝えたいんだよ!きみへの並々ならぬ愛を綴った便箋をめくりたまえ!さあ、さあさあ!」
湊音:
「わかったから押すなって!ええと……ん!?これ……」
フィユ:
「どうしたんだい?そんなに驚いて。ああ!もしかして……」
湊音:
「『ずっと好きでした』から始まって『付き合ってください』まで。最後に『人間の恋人募集中!』の文面と……なんだこれ……僕のサイン……?」
フィユ:
「そうとも!きみはもう受け取ってしまった!今この瞬間から私はきみの恋人なのだよ!」
湊音:
「(呆れたため息)……冗談はよしてほしいなぁ」
フィユ:
「冗談だとも!私という存在はすべてが冗談のようなものだ。マイナスかけるマイナスはプラス…つまり本気の愛が込められているともいえるのだよ!」
湊音:
「ああもう……アンタの言葉はどうにも頓珍漢がすぎる。矛盾しつつそれを矛盾だとこちらに思わせようともしていないその胡散臭くて人好きのする笑顔。下には何があるんだろうね」
フィユ:
「ははは。それを明かすのは些か野暮というもの。私はコウテイペンギンだ。王の更に上をゆく皇帝の名を冠するもの。この世界の支配者!きみは私に魅了される存在。それだけあれば十分さ」
湊音:
「……」
フィユ:
「…で。お返事は?ちなみに「はい」か「イエス」しか許さないよ」
湊音:
「コメディどころか脅迫じゃねーか!何がどうしてペンギンにラブレターもらう夢を見なきゃならないんだ!?」
フィユ:
「なぜなら夢だからさ!制限のないカオス、理不尽とご都合主義の宝石箱!常識は捨てたまえ、さぁきみの返事をこの耳に届かせておくれ!」
湊音:
「……ふふ、王の上をゆく?魅了される存在?いやそれ、厨二設定盛りすぎでしょ」
フィユ:
「おっと、それは煽りかい?言ってくれるね。でも人間くん。私をネタキャラ扱いしていないか?」
湊音:
「…ん?」
フィユ:
「ふふふ。そうやって油断していると……次のジャンルでは、『真顔で刺される側』になるぞ。あ、転移タイムが来てしまったらしい。では次のジャンル、行くよっ!」
湊音:
「ちょ、おい、空気変わってない!?まだツッコミ終わってな──うわああああああ!?」
*
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*
*
湊音:
「…うわっ!…ああ、いてて……今度は高所からの落下なんて聞いてない…!夢じゃなかったら下敷きになってた……おーい、おーい、ペンギン?ったく、またどこに行ったんだ……はぁ、なんてことに巻き込まれたんだか」
フィユ:
「運命の女神様もとんだ意地悪をするよね」
湊音:
「どぅわ!?びっっっ…くりしたぁ…!いきなり後ろに立つな!気配なさすぎて心臓飛び出るかと思ったわ!」
フィユ:
「どうだい?ホラーっぽい演出だろ?」
湊音:
「(図星だが認めたくない沈黙)……」
フィユ:
「ほ、ほ……可愛らしいむくれ顔だ。上出来じゃないか。これなら私が用意したさぷらぁいずとやらにも良い反応をくれそうだ」
湊音:
「サプライズ?またわけの(わからないことを)」
フィユ:
「(遮って)えいっ」
湊音:
「………え、あ……ほう、ちょう…?」
フィユ:
「言ったろ?刺される展開って」
湊音:
「だ、だか、らっ、て……こんな…!ゴフッ!ゲホッ!ハァ……ハァ……」
フィユ:
「ああ…!いい顔をするね!ツッコんでる時の忙しない顔も好きだが、痛みに喘ぐその表情!最高だよ…」
湊音:
「このペンギンやろ…サイコパスぶってないで早くたすけ…」
フィユ:
「忘れたかい?これは明晰夢。ということは?展開はきみの意の赴(おもむ)くままに。意識を集中させれば傷や怪我も一瞬で治ってしまう。逆も然り…っと!」
湊音:
「ぐぁっ!あ…あ?」
フィユ:
「いいねいいね、実に良いね。自らを生態系の頂点だと思い込んでる愚かで可愛い人間を見下ろすのは実に気分が良い。動物を飼育する側の気持ちとはこのようなものなのだね!」
湊音:
「痛く、ない…?……は〜……まったく…巻き込まれ体質すぎる…」
フィユ:
「果たして、人肉とはどんな匂いで、どんな食感で、どんな感触で、どんな味…舌触りがするのだろう……はぁぁ、私も人を食すのは初めてだからね。なかなか緊張するよ」
湊音:
「…言っておくけど。人間の肉って、ウイルスや細菌だらけなんだぜ…?」
フィユ:
「…知っているとも。食人という文化は人類三大禁忌のうちのひとつだとも、食せば感染症を起こし死に至るとも。それはそれとしてきみ……肉を抉られたのによくそんな普通に喋っていられるね。激痛で気絶するか出血多量により絶命しているだろうに」
湊音:
「それこそ、夢だから、だろ。アンタが仕掛けたんじゃないか。麻酔でもしたようにまったく痛みがなくなった。さすがご都合主義。服の下の傷を想像しなければ、上から血糊垂らしました、ぐらいにしか見えない」
フィユ:
「ここらでおっとっと!次のステージへの切り替えタイムだ!」
湊音:
「は…?この流れで!?こっち血まみれなんだけど!?今までのシリアス返せ!」
フィユ:
「夢とは突飛なものだからね。はてさて次はどうなるかな?私も先の先まですべてを知っているわけではないからね。次回はファンタジー?アクション?推理系?人間ドラマ?どれもおアツい!というわけで、スプラッタ劇はここで終了さ」
湊音:
「ぐ……目眩がする…!立っていられ…な……」
フィユ:
「………あーあ、倒れちゃった。貧血かね。ま、次に起きたときにはもとに戻っているから、このまま放っておいてもいいが…いや、待てよ。イイコト思いついちゃった♡」
*
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*
湊音(M):
この世界に召喚されてから一ヶ月ほど経った。異世界転移だか知らないが、この世界を唯一救える勇者として聖剣エクスカリバーに選ばれ魔王を倒すために各地を旅してる。誰も従えず、誰にも従わず、単独行動で仲間を引き連れないスタイルは楽だ。経験値やレベルの概念もあるようだから、戦って育つのも楽しい。
湊音:
「ここが魔王城か…」
湊音(M):
雑魚のスライムに始まり、オーク、ゴブリン、ラミア、ワイバーン、ゴースト、魔法使いのエネミーに果ては操られた屍(アンデッド)……意思が通じるものもいたが心を鬼にして斬り捨ててきた。そうせざるをえなかったから。世界の理(ことわり)に従っただけ。
湊音(M):
カツカツとヒールを鳴らし廊下を歩く。靴音のみが響く。門番は不在で、城の中に容易に入ることができた。しかし…あまりにも不自然だ。フロアに人や魔物の気配が一切ない。不気味なほど静かだ。まぁいい。罠だったとしても敵はいないに越したことはない。そうして歩いているうちに最奥、魔王がいる部屋の前まで辿り着いた。内開きになっている巨大な扉を押し開けると……
湊音:
「誰もいない…?魔王はどこに…」
フィユ:
「こ・こ・だ・よ♡」
湊音:
「っ!」
フィユ:
「おっと、咄嗟に剣で応戦するとは。反射神経が鋭いね」
湊音:
「不意打ちとは…卑怯だぞ…!」
フィユ:
「魔性(ましょう)のものの十八番は卑怯と不意打ちさ。だがきみもこの世界で鍛えたのだろう?私を倒せるほどの力を手に入れてからここに来たと……そう思っていたのだが」
湊音:
「……?」
フィユ:
「おや?何かしら違和を感じるのではないかね?」
湊音:
「……!体が重い……それに、聖剣の魔力が消えて、いる……?」
フィユ:
「どうやらそうらしいね。私はきみの心身を縛り付ける術を持っているんだよ」
湊音:
「……チッ……はぁっ!」
フィユ:
「こんなの余裕余裕〜。どうしたのかな?勇者くんよ。世界を救うために魔王を倒すのに今更怖気付いたかい?」
湊音:
「はっ、何をほざいてる。たかが重力に負けたくらいで」
湊音(M):
と言ったところで、急にこれは夢だと気づいた。何がトリガーかはわからないが、ふとそう感じた。
フィユ:
「おや…口を閉ざしたその表情は…悟ったかい」
湊音:
「……はぁぁ〜……勘弁してくれよ…何が自分は世界に選ばれた勇者だ…ああもうなんか一気に恥ずかしくなってきた。厨二病にもほどがある」
フィユ:
「これが設定された世界だと認識した時の反応はやっぱり見るたびに楽しいね。というわけで、ほらパッチン!」
湊音:
「ん、身体の重さがもとに戻った…指パッチンを口で言うな。腹立つ」
フィユ:
「ん〜!勇者であってもツッコミを忘れないその姿勢!敬服するよ!ほらほら、じゃあ次はなんだと思う?」
湊音:
「次?夢渡りしてきたし、そろそろ終わってもいい頃合いなんじゃ…」
フィユ:
「ではリクエストにお答えしよう!はいしばらく目を瞑ってておくれよ。…ほら、ちゃんと目を閉じる」
湊音:
「……わかったよ」
*
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*
*
*
フィユ:
「ふぅ…もういいよ」
湊音(M):
こぽ、と泡の音が聞こえた気がした。言われたとおりに目を開くと、僕たちがもといた水族館に戻ってきていた。ラブレターも、刺された痕も、甲冑や聖剣も、なにもない。この物語の冒頭でコイツと駄弁っていた薄暗いエリア。退廃的でどこか廃墟のようで、懐かしい感じがしてアクリルガラスにそっと手を伸ばす。
フィユ:
「少し、歩きながら話そう」
湊音(M):
そう言って、ペンギンは僕の手を取って、自然と歩き出した。掴む、というより繋ぐ、の方が正しいか。
湊音:
「歩いて、どこに行くの」
フィユ:
「……ほら、薄暗い雰囲気が情緒あるだろう。館内が暗いのは、水槽の中にいる魚や生物たちが驚かないようにするための配慮さ。ガラスを反射させてこちら側を目立たせない。大量の人間に見つめられていると気づけば、ストレスの原因になる。それに、太陽光の下で生きる魚もいれば、暗い海の底で生きる魚もいる。様々な個体の住処になるためには、環境を整える必要があるだろう?だから、薄暗い」
湊音(M):
こちらの質問には答えない。聞こえているだろうに、話題を逸らした。話したくないのだろうか。だとしたら、なんのために。
フィユ:
「なんのために、か。その答えは、もうすぐきみの中に浮かび上がるだろう。ほら、アクリルトンネルから差し込む光が水面に揺れている。イルカたちは、その中を音もなく駆け抜けていく。…ああ、今頭上を通った。想像以上に速いね。私たちには到底届かない速さだ。実に美しいよ」
湊音:
「羨ましい?」
フィユ:
「…さて、ね」
湊音(M):
大水槽を抜け、クラゲの幽かな光を横目に、淡水魚の静かな世界を過ぎる。まるで導かれるように、僕たちは迷いなく歩く。そして着いたのは……あの場所。僕が最初に夢の中でペンギンを見つけた、あのプールの前だった。
フィユ:
「外からの視点だとまた違って見えるね。満遍なく群がっているな……」
湊音:
「…なにが言いたいの」
フィユ:
「きみはこの景色を見て、何も思わないのか?思い出してごらん?私を見つけたときのことを」
湊音:
「……(考える間)他のペンギンと、どこか雰囲気が違ってた。気高くて、凛としてて、でも儚くて……なんて言うんだろうな。うまく言葉にならない。僕の語彙(ごい)じゃ、足りないよ」
フィユ:
「そう。きみはそう感じた。けれど────それは外見(そとみ)だけだ」
湊音:
「…?どういう…」
フィユ:
「一目(いちもく)置かれていたわけではない。…………避けられていただけさ。目立っていたのは、きみが思っているような理由じゃなかった」
湊音:
「…!」
フィユ:
「私は、もともと『外』が嫌いだった。明るくて祝福されている空間がただただ眩しくてね。巣箱に籠もってばかりいたら、他のペンギンから無視されたりするようになり…たまに、ほんの少し外の空気を吸いに出てみても、あの冷たい視線が私を突き刺すばかりだった」
湊音:
「それは……」
フィユ:
「きみには、私が煌びやかに見えていたんだろうね。でも、それはただの幻覚か錯覚を重ねたものさ。……思い当たるところ、あるんじゃないか?人間くん」
湊音(M):
僕の境遇と、似ていた。学校のクラス内で、同じような目に遭っていた。といっても陰湿じゃなく暴力的でもない。ただ、すごく孤独に感じたのだ。周りにはみんながちゃんといるのに誰も僕を見てくれないっていうか。何もされていないけど、やっぱり無理だなってどこかで糸が切れちゃって、ひとりで逃げ出して。ああ、思い出した。
湊音:
「なにもかも諦めたんだった…」
フィユ:
「…異を排他(はいた)しようとするのは、ひとも、それ以外も、どのような世界であっても違わないなら……大昔から、変わらないものだな」
湊音:
「…これから、どうすれば…」
フィユ:
「────なら、これからのきみの旅路にどうか私を連れていってくれ。私自身でもいい。この夢でもいい。頭の片隅に今この瞬間を置いておくだけでもいい。ひとりぼっちには、させないから」
湊音:
「……ふふ、カッコつけちゃって。自分がひとりぼっちなのが嫌だからじゃなくて?素直じゃないんだな〜?ふ〜ん?」
フィユ:
「そういうところ、嫌いじゃないよ。なにしろ私はきみで、きみは私なんだから。夢とは鏡合わせのようなもの。とっても楽しかったよ。虚無を壊してくれるツッコミ役と狂言回しの案内人。自由な場所だから自由にできる。さぁ、次回は何を見せてくれるのかな?」
湊音:
「…内緒」
*
*
*
*
*
フィユ:
「やぁやぁ画面の前にいるそこのきみ!きっと今頃しんみりしているだろうが、どうだったかい?私たちの物語は。…ふむふむ、なるほどなるほど……ほほう、そうなるか……あは。ざぁんねんでした。ぜぇんぶ、夢さ。ひとりぼっち同士が感傷に浸ってるなんて、笑える話だろう?」
フィユ:
「ただ、気の持ちようという言葉もあるように、もしかしたらそうなのかもしれん。本当か偽物かきみが決めてみるのもいいだろう。ま、私は一切責任を負いかねんがね。勝手にうんうん唸っていてくれたまえ」
フィユ:
「……ああ、そういえば名乗るのをすっかり忘れていた。私はフィユ。フィユ・ティーヌ。葉っぱの名を持つ、夢の旅人さ。ついでに、あの人間くんは湊音(みなと)っていうんだ。さざなみの印象を受ける素敵な響きだろう?」
フィユ:
「では、アデュウ。いつかまたどこかで」
*
*
*
*
*
END
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