エピローグ:祝福された未来
あれから数年の月日が流れた。世界は、再生した「大地の心」から放たれる清浄なマナに満ち、大地は豊かさを取り戻していた。人間と魔族の間には、かつてのような憎悪はなく、戸惑いながらも互いを理解しようとする、穏やかな時間が流れていた。
そして今日、その象徴となる一日が訪れた。
場所は、人間界と魔界の狭間に佇む、再生した古代神殿。アルクとセレスティーヌの結婚式が、今まさに執り行われようとしていた。
神殿には、二つの世界の民が集っていた。ユグドラル王国の民、そしてヴァル=マナフレイア王国の魔族たち。彼らは、数年前には考えられなかった光景を、固唾をのんで見守っている。
純白のドレスに身を包んだセレスティーヌは、父アルフォンスに手を引かれ、ゆっくりと祭壇へと進む。
そのドレスには、魔界の技術で織られた光る糸が刺繍され、歩むたびに星屑のように煌めいていた。
彼女を待つアルクもまた、人間界の様式に則った礼服を纏いながらも、その生地は魔界の神秘的な蒼色に染め上げられている。二人の姿は、まさに二つの世界の調和そのものだった。
祭壇の前で、二人は向き合う。その傍らには、恒久的な平和を誓う条約書が広げられていた。彼らの結婚は、単なる個人の結びつきではない。二つの世界が、永遠に手を取り合うことを誓う、歴史的な調印式でもあったのだ。
------------
■条約書「永劫の友好と相互理解に関する盟約」
祭壇の傍らに広げられていたのは、人間界の最高級の羊皮紙と、魔界の光を織り込んだ絹布を合わせて作られた特別な条約書であった。
条約の条文は、人間界の公用語と魔界の古代語の両方で記され、どちらの種族もその内容を理解できるよう配慮されている。
主文
①両世界の相互不可侵
②国境の段階的な開放と安全な交易路の確立
③マナ資源の共同管理と「大地の心」の維持協力
④異種族間の問題を解決するための合同評議会の設立、など、恒久的な平和と共存共栄を目指す
これらの内容は、アルクとセレスの二人が周囲の協力も得て練り上げて行った画期的なものであった。
■調印の儀式
二人は、まずそれぞれの世界の未来を担う代表として、この盟約に署名を行った。
アルクは魔界の霊鳥の羽根ペンを、セレスはユグドラル王国の聖なる木の枝から作られたペンを手に取り、双方の代表として、そこにサインを記す。
続いて、両世界の現指導者として、魔王ヴァラドールと、王国評議会議長となったモンテクリスト侯爵アルフォンスが、証人としてそれぞれの紋章が刻まれた印璽を厳かに押す。
この署名と捺印の様子は魔法によって両世界に中継され、全ての民が歴史的な瞬間の目撃者となった…その熱狂と歓迎の渦は新しい世界への希望に満ちた歓声が木霊した。
■結婚の誓いと象徴的意味
条約の調印が完了した後、二人は夫婦としての誓いを交わしました。これは、国家間の政治的な約束事が、アルクとセレスという二人の個人の、揺るぎない愛と信頼によって担保されていることを象徴するものであった。
彼らの結婚は、条約の条文を体現する「生きた証」そのものであり、異種族がただ共存するだけでなく、愛し合い、新たな家族を築けるという未来の可能性を、何よりも雄弁に示していた。
この歴史的な調印式と結婚式は、二つの世界が恐怖や憎悪ではなく、愛と相互理解に基づいて新しい関係を築いていくという、力強い宣言となったのである。
このアルクとセレスは、互いの名と、未来への誓いを条約書に記す行為は、その瞬間、会場からは、種族の垣根を越えた万雷の拍手が沸き起こった。
その喝采の中、アルクはそっとセレスの腰に手を回し、彼女のお腹に優しく触れた。セレスは、その手に自らの手を重ね、愛おしそうに微笑む。彼らの間には、人間と魔族、双方の血を受け継ぐ新しい命が宿っていた。まさに、新時代の象徴となる、希望の光が。
会場の片隅では、仲間たちがその光景を感慨深げに見守っていた。
新設された「両世界共同警備隊」の隊長服を凛々しく着こなしたヴォルフガングは、隣に立つ妻ミュリエルの肩を誇らしげに抱いている 。
リリスは、人間界の学者と魔界の長老たちの間で、身振り手振りを交えながら楽しげに談笑していた 。魔界初の人類文化研究者として、彼女の探求心は満たされる一方のようだ 。
そして、ガロンは、少し離れた場所でルミネッタと共に、興奮して気分が悪くなった子供に癒しの光をかざしていた 。二人が開いた診療所は、今や種族を問わず誰もが訪れる、慈愛に満ちた場所となっている 。
式の後、アルクとセレスは神殿のバルコニーに立ち、眼下に広がる祝宴を眺めていた。人間と魔族が、同じ音楽で踊り、同じ酒を酌み交わし、笑い合っている。それは、誰もが不可能だと諦めていた、夢のような光景だった。
「始まったばかり、だな」アルクが呟く。
「ええ。始まったばかりよ、私たちの、そしてこの世界の未来が」セレスが応える。
彼らの戦いは終わった。しかし、二つの世界が真に一つになるための道のりは、まだ長く、険しいかもしれない。だが、もう恐れることはない。
アルクとセレスは、言葉もなく、ただ固く手を握り合った。その手の中に、そして彼らが見つめる先に、無限の可能性を秘めた、二つの世界の夜明けが、静かに、そして確かに広がっていた。
魔界王子は悪役令嬢と結婚したい 黒船雷光 @kurofuneraikou
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
参加中のコンテスト・自主企画
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます