第46話 3-11



 Narrator:[Chihiro Yasaka]


 location:[In Tank]




 あたしは暗い夜の雨空の中、エイブラムスXX戦車を街まで向かわせていた。途中で出会った虫達を手当たり次第倒しながら。


 敵の数は増えては来ているが、弱点がわかったため、敵を飛び上がらせてからレーザーで射撃、というパターンが確立されたため、あたし達の戦車隊はそれを行うようになってからさほど苦労してはいない。


 さっきよりはだいぶ楽になったかな。


 いける、かも。


 飲み物を一口飲みながら、コントローラでエイブラムスXX戦車を街に向かわせる。


 履帯の鳴る音、エンジンや機械の響く重低音、時折鳴り響くレーザー砲の発射を告げる高い唸り声と、砲塔から発射される砲弾の破裂音。


 それらが仮想ヘッドホン越しに聞こえてくる。まさに、戦場の音楽だ。


 しばらくすると、遠くにあった街や工場の明かりが大きくなってきた。街に着いたのだ。


 その街の中から砲撃の光が幾つも煌めき、街の外の暗闇の中へと消え、そして地面で強烈な光をもたらす。敵があの闇の中にいるのだ。


 爆発の光と街との間の距離を見ると、あまり余裕はなさそうね。急がないと。


 あたしはスピードを上げると、街と爆発が連続して起きている場所との間に割って入るようなコースを取った。


 そうしながら砲塔を敵の方へと向け、わざと敵の足元にむけて射撃する。当然虫達は驚いて躱し、次々と羽を広げて空へと飛び上がるのだが、それが狙いだった。


 次の瞬間、対空モードにセットしたレーザー砲塔が稼働し、虫達を寸断していく。


 ばらばらになった虫達は、空中で切った野菜のように地面へと落ちてゆく。


 よしっ。また敵を落とせた。この方法なら敵をたやすく倒せるのだ。


 これならサーティがいなくても──。


 と思った時だった。


 爆発音が耳元を覆った。ヘッドセッドの減音機能が働いて音量を下げるが、それでも何も聞こえなくなる。同時に激しい振動が情報空間の車内に伝わる。舌を噛みそうになりながらなんとかこらえる。


 振動が収まりかけたところで叫ぶ。


「被害状況!」


 あたしの叫びに、エイブラムスXX戦車を操るACの一人が大慌てで返す。


「左方四五度から敵の攻撃! 本車左履帯破損! 行動不可能! 武器は生きています!」


 即座に指示する。


「車両の切り替えを──」


「今の衝撃で通信機能などが故障しました! 切り替えに時間がかかります!」


 そんな。


 そんな状態で戦車がやられたら、その時のショックであたしの意識がどうなるかわからない。最悪、精神にダメージが来るかも。まずい。


 焦りながら、周囲の戦車に指示を次々と出す。


「数台はあたし達の脱出まで時間を稼いで! 他の車輌は戦闘を続行! 目標配分は従来のままで!」


 そう言い終えた時だった。


 闇の中から、醜悪さというか邪悪さをたたえた虫達が顎を打ち鳴らしながら、動けないあたしの車両へと空を飛んで襲いかかってきた。


 あ。


 レーザーを自動発射させようとするが、レンズの動きが間に合わない。


 神様──!


 悲鳴を上げかけた時だった。


 斜め上の空から何かが虫を貫き、地面へと叩き落とした。


 何事、と思いながら、何かが飛んできた方へと頭部連動外部カメラを向ける。


 そこには。


 雨空に浮かぶ鋼鉄の人型──イムの姿があった。


 イムは一体だけではなく、何体も空中にジェットロケットパックなどの推進力で浮かんでいた。


 あのイムは。


 そう思いかけた時、通信ウィンドウが開いた。


 そのウィンドウに映し出された顔は。


「ハロー、元気してたぁ?」


 青い目に金の髪、白い肌、陽気さそのものの顔。


 サーティ、だった。


 突然現れた彼女の姿に、あたしの感情は驚きと喜び、そして怒りでないまぜになった。


 眼の前が突然見えなくなる。何も言えなくなる。ようやく口から絞り出せたのは。


「遅いわよ……!」


 という文句だった。


 そんな言葉しか出なかったあたしに、サーティは冗談めいた口調で笑った。言いながら画面が揺れている。戦いながら言っているのだろう。


「いやー、ゴメンゴメン。パーティの身支度に時間がかかっちゃってさー」


 それから、急にしんみりした声になって、


「ごめん、チヒロ」


 そう、謝ってきた。


 あたしは、少し泣きと怒りと冗談を含んだ声で返す。


「謝って済むなら警察はいらないわよ」


 それから少しの間を置き、あたしは心を込めて、


「来てくれてありがとう。サーティ」


 頭を下げた。心からの想いだった。


 サーティは、泣いているあたしにいつもの陽気な口調に戻って、


「そんなことは後々っ。今はパーティだよ。張り切っていこう!」


 そう言ってはウィンクをする。そして、自分や周りに勢いをつけるような声で、


「パーティタイムの、始まりよ!」


 そう言い放つと、自分を含めたイム達を散開させた。


 イム達は、空中を激しく動き回りながら次々と地上にレーザーや武器を放っては虫達を飛び上がらせ、そこを狙ってレーザーや複合兵装の弾丸やマイクロミサイルなどで虫達の体を貫いていく。


 虫達の注意がサーティのイム達へと引き付けられる。


 今のうちだ。


 あたしは戦車の兵員に命令した。


「今の位置に、あたし達の意識を別車両に移動させて! この車両は無人砲台として活用して!」


「了解!」


 しばらくして、一瞬周囲の風景やホログラフィックスクリーンの表示が一瞬消え、また戦車内の風景や光景に戻った。しかし先程の光景とは少し見え方が違っている。戦車のステータスも全て緑表示に戻っている。そしてなにより、戦車の車両名が変わっていた。


 あたしと兵員の意識が、別の車両へと移ったのだ。


 軽く操縦してみて、異常はなかった。いける。


 よしっ。


 あたしはヘッドセットのマイクに向けて命令を伝える。


「各車、イムと連携して、敵を攻撃して! 街には一歩も奴らを入れさせないで! ここは貴方達の奮起にかかっているわ! 総員一層努力せよ!」


 あたしの言葉に、各車から了解の応答が返ってくる。


 あたし達はここで勝たねばならない。


 そうしなければ、ひどいことになるからだ。




 でも今は、サーティがいる。


 あたし達は、きっと、勝つんだ。


 勝って、彼女を、抱きしめよう。


 

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