第39話 3-4

 Narrator:[Ann01]


 location:[Noaa City]




 同じ頃。


 軍事用HARのベルカは同じく軍事用HARのシェリンガム達とともに、パワードスーツであるイムを装着して戦場へと急行していました。


 本来ならサーティが指揮を取っているはずなのですが、あんな状態になっている以上、彼女は置いていったまま、出撃したのです。


 低い雲が空を覆う雨天の夜の中、たくさんのイム達がジェットで空を飛びながら、遠くに見える閃光の方へと飛んでいます。


「ねえ、サーティさんがいなくて大丈夫なのかしら? あの人がいるから私達もなんとか戦えていたような気もするけど」


 ベルカはあちらこちらを警戒しながら電脳通信でシェリンガムに話しかけました。どこか不安そうな声色です。


 それに対し、シェリンガムはそんなものを微塵と感じさせない元気そうな声色で応えます。


「大丈夫だってば。彼女がいない分を私達がカバーしていけば、なんとかなるってば」


「そうでしょうか?」


「私達はACでしょう? 人間を超えているもの。ならば、その能力を最大限に引き出せばいいだけのことよ。そうでしょう?」


「たしかにね。でも、ACにはないものを持っているのが人間よ。それを忘れないでね」


「でもね」


 そうシェリンガムが言いかけたときです。


『主戦場到達まであと二〇キロですっ。みんな、気をつけてくださいねっ』


 オペレータのアルカの声が各機体のスピーカーに響き渡りました。


「了解したわ」


「了解っ」


「了解です」


 二人や他のHAR達はそう応答すると、各機の間隔を広げつつも、お互いが支援できる距離を保って、戦闘地域へと入っていきました。


 戦場までは、もうすぐです。




                  *




 Narrator:[Ann01]


 location:[virtual world]




 一方、チヒロさんのヴァーチャル学校の友人である、カレン、メグミ、ミーナ、ユカナの四人は、仮想世界の避難所に避難していました。


 大型のシェルターの中に設置された避難所で、彼女らは彼女らの親兄弟や市民達とともに、床に座りホログラフィックスクリーンを見ながら状況を眺めていました。


「チヒロちゃんは戦車に乗ってるのねー。大丈夫かなかなー?」


 カレンがホログラフィックスクリーンを覗き込みながら不安そうな表情で周りに尋ねました。


「チヒロさんって、私達がこの星に落ちてきたその日に、敵が襲撃してきた時に初めて戦車に乗って、それからずっと戦車に載っているんですって、だから大丈夫ですよっ」


 小柄なメグミが体を忙しく動かしながら自信ありげに応えました。


「うん、あたしも大丈夫だと思う」


 青髪のミーナも、言葉少なに首を縦に振りました。


「でもあたし達も戦いたかったなー。こんなところにいるのはなんか申し訳ない気がするー」


 ユカナがあたりを見渡しながら言いました。ちょっと血気盛んなところがありますね。ユカナは。


 血気盛ん、というよりは、ここにいて何もしないのはチヒロさんにもみんなにも申し訳ない、という気持ちのほうが強いようですね。


 じゃあ。その願い、叶えてあげましょうか。


 もしもし。ユカナさん、カレンちゃん、メグミちゃん、ミーナさん。私です。アンです。


「えっ、アンさん? 一体どうしたんですか、こんな時に?」


 ユカナさん、貴女達も戦いたいと言っていましたよね? その望み、叶えてあげましょう。


「でも、どうやって」


 今展開中のドローン群を操作して、部隊を支援してください。マニュアル、スキルなどは各自インストールします。他の部隊も支援しますので大丈夫ですよ。よろしいですね?


「あたし達でも大丈夫かな?」


 大丈夫です。安心してください。むしろ、人手が足りないのです。こういうときは、いくら人手があっても足りないのです。


「わかったわ。やってみます」


 ありがとう。では、貴女達の意識を転送するわね。


 私はそう言うと、サーバを操作して、彼女らの人工意識を情報世界の避難所から基地の情報世界のドローンコントロール世界へと転送しました。


 そこは、部屋中が一面のVRスクリーンになっていて、私達の都市周辺の立体的な地図やコンソールなどが浮かび上がっていました。


「ここは」


 基地内の情報世界のドローンコントロールルームよ。今マニュアルなどを転送したでしょ? 詳しいことはそれを読んでね。では、みんなよろしくね。頼んだわよ。


「はいっ!」


「了解ですですっ」


 カレン達四人はマニュアルなどを読むと、地図などを見て状況を把握します。


「敵は都市北西部五〇キロ付近に展開中。数は十万以上からなおも増大中。カレン、こちらの担当された戦力は?」


「飛行用ドローン百機、陸戦用ドローン五十台ねー。戦闘能力としては申し分ないけどけどー、数としては不安かもかもかもー。ユカナちゃんっ」


「戦術でカバー」


「そんなに簡単にできれば文句はないわよっ。メグミ」


「ミーナちゃん、みんなわかっているってばてば」


「はーい」


「さて、各機に意識リンクして操作を開始するわよ。配分は自動的に行われるからお願いね、みんな、わかった?」


「はいっ!」


 ユカナの声にみんなは声を合わせて応答しました。


 彼女らの長い夜は、こうして始まりました。




                   *




 Narrator:[Ann01]


 location:[chemical factory]




 さらにその一方では。


 科学チームのリーダーの緑髪HAR、メフィールが首都工場の化学プラントでHARたちを率いてなにやら急いでいる様子でした。


 彼女は汗を拭うのを忘れて、大いに焦った顔で周囲のHARたちに指示を飛ばしたり報告を受けています。


「例のものはまだできないのですか!?」


「現在の進捗状況は三〇%ほどです! 今散布開始しても効果は薄いです!」


「ええい、もっと化学プラントの数を増やしておくべきだったか!」


 そんな風に地団駄を踏んでも、後の祭りですけれどね。


 歯噛みする白衣姿のメフィールに、青い作業着姿の眼鏡HARちゃんが慰めるように言いました。


「しかし実験で、あれには効果絶大だとわかっております。神経及び呼吸系に作用するものなのでもし進化型が来てもこれには耐えきれないかと」


「でも間に合わなければ意味は無いのです。総力を上げて急ぐのです!」


「チーフ、了解です!」


 メフィールは目の前に鎮座する化学プラントの大型ナノマシンアセンブラを見上げました。


 それはボディを震わせながら、とある液体を作り出していました。


 メフィールにとって、ナノマシンアセンブラのその躯体は、まるで宗教の御神体のようにも思えました。


 そう、まさにそれは、私達の救いの神となるものでした。




 私達が、神を信じるならば、ですが。




 Narrator:[Ann01]


 location:[Out fields]




 遠い闇の中から閃光がほとばしり、そこから大きな火の玉がいくつも飛んで行きました。


 その火の玉は孤を描いて空を飛び、急速な速度を持って地面へと向かいます。


 火球群はその地面に群れていた無数の玉虫色の虫達に突き刺さると、この世の終わりのような、雷が近くに落ちたような轟音を連続して立てて火柱をいくつも上げました。


 あちこちで連続して吹き上がる火柱の群れに、巨大な虫たちは次々と吹き飛ばされ、バラバラになっていきます。


 火柱は止むことを知りません。


 しかし虫たちは怯むことなく、仲間の死体や穴を乗り越えると進軍し、なにやら不気味な金切り声のような鳴き声を上げながら、まっすぐに一点の場所を目指していました。


 私達の、街へと。


                 


                     *




 Narrator:[Ann01]


 location:[Noaa Base HQ]




「砲兵隊、阻止攻撃継続中。敵、なおも進軍中!」


「知能地雷の散布を急げ!」


「戦車隊、まもなく交戦可能地域に到達します」


「イム部隊、該当地域上空にまもなく到達予定」


 都市に隣接する軍事基地地下の司令部には、次々と情報が流れ込んできていました。


 戦況は、うーん、思わしくないようですね。


 早く主力のエイブラムスXX戦車部隊やイム部隊が攻撃を開始すればいいのですけれども。


 私は情報を素早く検索するとアルカちゃんに向って命令しました。


「ドローン部隊に主力の支援を行うように通達して。あと、メフィールに例のものの生産を急がせるようにと」


「了解しました!」


 その時です。


 オペレータの一人が、悲鳴に近い声を上げました。


 同時に、ホログラフィックスクリーンに表示されている地図の画面が乱れ始めました。


 一体何?


「アン様! レーダーや電脳機器などの様子がおかしいです! 何者かのハッキングを受けている模様!」


「なんですって!? 発信源は!」


「発信源は、どうやらあの昆虫型原住生物から発せられているようです!」


「原住生物が?」


 私は耳を疑いました。生物であるはずのあの昆虫型原住生物が、ハッキング能力を持っているなんて。


 もし彼らが情報世界の都市へと侵入してきたら。


 私はとっさに叫んでいました。


「情報世界に非常警報を発して! 武器を情報化させて、迎撃準備を整えて!」


と。


 その時です。


 オペレータが、さらに悲鳴に近い声で伝えてきました。


「情報世界の都市に侵入者です! 原住生物の情報体と思われます!」


 その知らせに、私の思考ルーチンは震えが止まりませんでした。


 私は人工意識、なのに。



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