第32話 2-17



「もうっ。あそこまでやらなくてもいいわよ。あたしものすごくクタクタになってる」


 風呂から上がったあと、アタシ達はパジャマ姿でアタシの部屋で休んでいた。


 これからアタシ達は寝るのだ。


 チヒロが寝る場所は、床にマリアが布団を敷いてくれている。


 でも必要ないかもね。これからのことを考えると。


 アタシはベッドの上で座っていて、チヒロは下の布団で両ひざを曲げて布団につけて上半身を起こしている。


「どう、今日はもうこのまま寝ちゃう?」


 あたしは冗談交じりに聞いてみる。すると、彼女は首を何度も横に振って、


「いいえ。このままじゃだめ。もちろん」


 そう言って少し立ち上がり、そのままベッドの縁へと歩いてシーツに手をかけると、


「サーティ、そっちに行くわ」


 真剣な眼差しでこっちを見つめてきた。


 何かを求めている、真面目で真っ直ぐな表情だった。


 そう。したい、のね。チヒロは。


 アタシは一つ頷くと、目の前の空間を空けた。


 その空間にチヒロが乗ってきた。ベッドが軋む音が一つ、鳴った。


 彼女の手がアタシの近くに置かれた。


 顔と顔が、近い。さっきの風呂場でもそういう事はあったけど、今は何か特別に感じられる。


 そのままチヒロが顔を近づけてきて、唇を寄せた。目をつぶった。


 アタシも瞳を閉じた。


 暗闇の中、唇に柔らかい何かが触れ、押し付けられるのを感じた。


 彼女の口が開き、小さく舌が出た。アタシも同じようにする。舌と舌が触れ合う。そのままなめ合う。舌から脳天へとしびれるような感覚が届く。っは、と喉から声が出る。


 お互いがお互いを抱きしめ合い、体を密着させながら、口づけを交わし合う。お互い深く舌を差し入れ、口の中で絡め合う。お互いが体をなで合うたびに、声が漏れる。


 しばらくお互いの体をなで合い、深くキスをし合ったあと、アタシ達は唇を離した。そして、顔を少し離して、お互いの顔を見る。


 少しの間見つめ合った後、チヒロがちょっと困ったような顔になってアタシに話しかけてきた。


「あたしは、貴女のいい恋人になれるでしょうか?」


 アタシはその問いを聞いて、ちょっとおかしな気持ちになった。


 今更、そんな事を。


 アタシはチヒロの首を軽く噛んで、


「今更そんなことっー? バカねぇ」


 そう言って笑った。続けてアタシは首元で囁きながら強く抱きしめる。


「この星にはアタシと貴女二人しかいないのよっ? 例えば誰かが助けに来るまで。今更そんな事どうこう悩んでもしょうがないじゃない」


 そこでアタシは言葉を切った。少ししてからチヒロが漏らすように、つぶやくように返す。


「そうだよね。そうなんだよね」


「だからさー。アタシ達は善悪にかかわらずここで二人でやっていかなきゃならないのよ。アンやHAR達がいるけど、でも結局、アタシ達はここで頑張らなきゃいけないのよ」


 彼女はアタシの言葉にしばらく押し黙った。


 なにか考えている様子だ。


 それにアタシは追い打ちをかけるように言う。


「それにね。アタシ、貴女がいない時に仕事してたりするときに、いつも貴女のことを考えているのよ。貴女だって、そうでしょう?」


 アタシの問いかけに、チヒロは強くゆっくりと、首を縦に振った。


「うん。あたしも、そうだよ。あたしも、いつもサーティのこと考えてる」


 やっぱりね。嬉しい。


 アタシは笑顔になりながら言った。


「そうじゃん。貴女もそうじゃない。なら、悩む必要なんて無いじゃん。そういう事って、なんて言うか知っている? 『恋している』って言うのよ」


「『恋している』……」


「なら貴女の欲しいものと、アタシの欲しいものは同じはずよ。欲しい物も、したいことも」


「ええ。そうだといいですね」


「アタシは貴女と一緒にしたいことがあるの。貴女もアタシと一緒にしたいことを」


 そう言ってアタシは電脳の身体情報接続をすべてオープンにした。


 そして一つ間を開けると、アタシは思いを伝えた。


「しよっか」


 その思いに、チヒロはただ一言応えた。


「うん」


 そして彼女も、電脳の身体情報接続をオープンにして、アタシにつなげた。




 こうしてアタシ達は一つになった。




 今までわからなかった感情が、わからなかった感覚が、アタシの中になだれ込んでくる。


 彼女のぬくもりが、肌触りが、痛みが、アタシに伝わり、アタシのぬくもりが、肌触りが、痛みが、彼女に伝わる。


 どこか世界の果てにあるような、そんな遠くから、アタシの喘ぎ声と、彼女の喘ぎ声が聞こえる。


 その喘ぎ声の狭間から、別人のようなアタシの声が聞こえる。


「チヒロ、好きよ」


 同じく世界の果てのどこかにあるような遠くで、彼女の声が聞こえる。


「あたしもよ。大好き」


 その言葉にアタシは嬉しさを覚えながら、行為に没頭する。


 快楽の絶頂とともに深い海の中へと意識が沈み、また浮き上がると、また快楽が全身を波打って襲いかかってくる。


 彼女も同じ様に全身を痙攣させては少しの間止まり、また指を動かしてアタシを弄り、アタシを愛撫する。


 アタシ達は何度もそれを繰り返す。


 その快楽の海の中で、アタシ達は言葉を交わした。




「チヒロ。どう、だった? アタシと交わって」


「どう、だった? と言われても。でも、気持ちよかったです」


「初めてじゃないんでしょ。船に乗る時に身体を売ったと言うし」


「でも、あたしは生ではやったことはないんです。本当の身体では」


「えっ。じゃあ、情報接続のみでしかしたことないの?」


「ええ。何度かしたことはあるけど、全部情報接続での交わりでした」


「そうなんだ……。だから妙に手慣れていたのね」


「わかってしまいますか」


「ええ、わかるわ。アタシだって、似たようなものだし」


「サーティ、貴女も……」


「そうよ。アタシだって、生の肉体でしたことはないの。全部情報接続での、夢の中でのこと」


「そうなんだ。あたし達、似た者同士なのね。こんなに違っていても」


「そうね。似た者同士だから、こうやって出会ったのかもね。これも神様の恩寵のままに、夢の導くままにってところかしらね」


「そうなのかもしれません。でも、あたしはこれが夢だなんて思いたくない。現実だと思いたい。たとえ夢だとしても、それが現実だと思いたいです」


「貴女らしいわね。でもそんな貴女が、アタシは大好きよ。チヒロ」


「あたしもです。サーティ。あたしは貴女が大好きです」


「ありがとう。さあ、夢の続きを続けましょうか」


「ええ。続けましょう」




 そうしてまたアタシ達は一つになる。情報の海の中で。


 

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