第10話 1-10

 Narrator:[Chihiro Yasaka]


 location:[Yasaka's House]




「これって、ちょっとまずいのかな……」


 シェルターのリビングのソファで、目の前に広がるホログラフィックスクリーンに表示される戦況やリアルタイムの風景をあたしはじっと眺めていた。家族のホログラム達もじっと戦況を眺めている。誰もが無言だった。


 青の点で表示された味方のドローンや無人車両などは街や工場から距離を取り、赤い点──というか塊だ──の敵の群れを迎撃しているが、赤い点は減ることはなく奥の方からさらに現れては赤い広がりを増していく。


 今は小康状態だけど、もしこの均衡が崩れたら。


 握りしめていた拳がより強くなる。


 なにかできることは。もしこんな平凡な自分に、やれることがあるのなら。


「なにかできることはないのかな」


 いつの間にか、あたしはそうつぶやいていた。その時だった。


 あたしの耳元に、今日出会ったばかりだけど、聞き慣れた声が響いてきた。


「ヤサカさん、なにかしたいことはあるのですか?」


 ノア314に搭載されたOACの、アンだ。


「え、はい」


 彼女は理想の母親のような優しい声色で問いかけてきた。


「ヤサカさん、ゲームとかって得意ですか?」


 ゲーム、か。


 得意と言われれば、得意な方だと思う。


 というかこんな平凡なあたしでも、いつも思うことがあった。人生は、ゲームなのだと。


 人生、世界が一つの大きなゲームということもあるのかもしれないけど、それよりも人生の局面局面が、細かい一つ一つのゲームなのだと感じる。


 テストというゲーム。勉強するというゲーム。人と会話するというゲーム。買い物するというゲーム。スポーツするゲーム。


 いつも生活していく中で、なにか物事の一つひとつが、ゲームのように思えるのだ。


 ゲームは、それ自体がなにかのディフォルメ、シミュレーションのようなものだ。


 スポーツゲーム、戦争ゲーム、パズルゲーム、RPG、アドベンチャーゲーム。


 何も出来ないあたしでも、ゲーム自体は苦ではない。同じくらい、生きることも。


 そりゃあのクソ親たちは理不尽だった。


 だから自分ひとりで生きるという選択を、ゲームをするために、こうして家を飛び出したのだ。


 そう、こうやって敵に攻撃されて未知の星に墜落し、惑星を開拓しながら生活してロケットを打ち上げるというこの状況も、素晴らしいゲームと言えるのだ。


 と言うか何もできないあたしだけど、ゲームが好きで好きでたまらなくて、ACの力を借りて、ACが社員の会社まで創ったのだ。その社員達は、今でもサーバボットの中で仕事をしている。


 だから、あたしは強い口調で応えた。


「ゲームは得意です。大の得意です」


 と。あたしの返事を聴いた途端、アンは少し間を開けて応えた。


「そうなの? じゃあ、貴女にも手伝ってもらおうかしら。害虫駆除の手伝いを」


「害虫駆除って、どうやって」


「今、戦闘中の何かを操ってほしいわ。戦車でも、飛行型ドローンでも、イムでも」


「イムって、パワードスーツのことですよね」


「そうよ。サーティさんが、それを着て今戦っているわね」


 あたしはホログラフィックスクリーンを注視した。


 ノア314から少し離れた草原のところに、たくさんのイムが集まっており、原住生物と戦っていた。


 原住生物もそちらの方に集まってきており、激戦地になっている。


 って。原住生物達、サーティさん達のイム部隊の方に正面を集中させていて、側方ががら空きだわ。


 ここを突けば! なにか、なにかそのあたりにないかな……。


 あたしは視線を動かし、求めるものを探した。


 あった! 側面の方に回っていた戦車小隊! これを使えば!


 あたしはアンに呼びかけた。


「アンさん! ここにある戦車、使わせてもらえませんか!?」


 耳元に応えはすぐに返ってきた。


「いいわね! この戦車小隊、自走砲として火力支援に使っていたけど、これを主力として側面を突けば! 分かったわ。すぐにコントロールを渡します!」


「ありがとうございます! アンさん!」


 あたしは胸をなでおろした。でも、どうやって操縦とかすればいいのか。


 続けて浮かんだ疑問の返答も、即座にアンは応えてくれた。


「貴女はトランスヒューマンで脳もナノマシン導入済みよね。だから貴女のサーバボットを介して戦車の諸元性能や操縦方法、戦術マニュアルなどを貴女の脳、もしくはサーバボットにインストールします。戦車に搭載されているAIのアシストもあるから、それこそゲーム感覚で操作できるわ」


 そんなすぐに、簡単にできるんだ。トランスヒューマン化してて、ほんとにほんとに良かったわ。


「じゃあ、導入と戦車へのリンクを同時に行うわ。貴女の脳及びサーバボットの情報空間にインするから、用意してね」


「はーい」


 じゃあ、やりますか。


 あたしは視界にホログラフィックスクリーンを開き、脳内計算機をサーバボットに接続。同時に、情報空間を展開した。


 その瞬間、視界がぼんやりとして、世界が入れ替わっていく。


 入れ替わった先は──。白一色の世界だった。あたしが座っているソファに、床と天井が、白一色の世界。


 いつもの、情報空間の入口だ。


 あたしがゲームをしたり情報空間で生活をしたりするときは、この世界をロビーとして使用するのだ。


 さて、と。と思う間もなく、アンのレンタルボディの姿がそばに現れた。ホログラフィ映像の姿だ。


「さて、早速だけど、戦車の操縦などに必要なものを貴女の脳内やサーバボットにインストールさせてもらうわ」


「はい。どんなものを?」


「具体的には、戦車の操縦マニュアルや戦術教本、恐怖心、緊張感、殺人に対する忌避感などをなくし、判断力や反応力などを高めるための心理調整プログラムなどを導入します。いい?」


「いいわ」


「じゃ、行くわよ。頭が痛くなるけど、我慢して」


 アンが言うなり、アンの周りに様々なフォルダやアプリのアイコンなどが表示され、それがいきなりあたしの頭へと飛んできた。


 そして、それがスッ、と頭の中に入り込んでくる。脳が膨らむような、焼かれるような感じがして、痛くなる。目を閉じる。


 それをぐっとこらえて、痛みに耐え、続けざまにあたしに入り込んでくるアプリやフォルダなどを受け入れる。


 早く終わらないかな。と思っていたら。


「終わったわよ」


 その言葉に、目を再び開ける。


 あたしは、機械などがぎっしり詰まった狭い場所にいた。わずかながらオイルや火薬などの匂いもする。どの機器も見たことがないはずなのに、どれがどういう名前で、どんな機能を持っているのか、どう操作すれば良いのか、今のあたしには当たり前のようにわかっていた。脳内にインストールされたマニュアルや学習・経験プログラムなどの威力だ。


「ここは」


「ノア314に積載されていた戦車、エイブラムスXX戦車の中よ。核融合発電で動き、百二十ミリ多種ビーム/砲弾発射可能砲塔に、対空/対地レーザー、多目的榴弾砲などを備えた最新鋭の戦車よ」


 そばから響くアンの声にうなずきながら、あたしは周囲で輝くアイコンの一つを視線で見た。


 また世界が入れ替わる。そこは、エイブラムス戦車を後方から見た風景だった。


 男のあそこ(あたしはあのクソ親父のものしか見たことはないけど)のようなまっすぐ突き出た長く太い主砲が、角張った砲塔から前方へと突き出ている。硬そうな図体もあって、とても強そうだ。


「これが戦車の三人称視点ビューよ。ヤサカさんにはこの風景が操作しやすいわね。操作方法はインストールしたとおりよ。じゃあ、行きましょうか」


 軽く遠足に行くように言われて、普通なら冗談じゃないわ、というところだが、そこは今マニュアルをもらったところだし、心理調整もしたところだ。問題はない。


 あたしはいつの間にかゲーム機のコントローラーを手にしていた。古来から伝わるアナログスティック二本差しのゲームコントローラーだ。情報空間でVRゲーム以外のゲームをするときには、あたしはいつもこのコントローラーを使う。


 遠くに、キラキラと赤く輝く四角いアイコンがいくつも見える。アレが、敵ね。


 じゃあ、行くわよ。こういうときはなんていうんだっけ。パンツァー・フォーだっけ。


「じゃあ、みんな行くわよ。パンツァー・フォー!」


「了解!」


「了解っ!」


「ラジャー!」


 周囲からACの人間とそっくりな合成音声がいくつも飛んできた。気分、いい。


 あたしはアナログスティックを前に傾け、戦車を前進させた。


 耳元に鋼鉄の獣のモーター音の唸りと、履帯が地面をえぐる音が響き渡る。


 戦車は見た目よりもずっと軽快な速さで走り出した。ゾウがチーターの速さで走るがごとしだ。


 あたしは周囲を見た。あたしが操っているエイブラムスXX戦車と同じ戦車が三両に、履帯式の走行車両が十両以上ぐらい。その上空をドローンが多数飛んでいる。


「防衛に必要な車両以外は全て集めてみたわ。これでお願いね」


「はい」


 アンにそう応えながら砲塔を操作し、赤く輝く四角いマークに照準レティクルを当てる。


 武装選択は粒子ビーム。物理砲弾でもいいけど、今砲弾を作れない今では物理兵器は貴重だ。電力消費は大きいし、大気減衰もきついけど、今はこれを使うしかない。


 レティクルとマークが重なる。あたしは逃さずボタンを押す。


 主砲の先端が一瞬白く輝き、そしてそのプラズマの弾丸が高速で空を飛び──、マークに突き刺さった。


 赤四角のマークが飛び上がる。そして地面に落ちると同時に消えた。


 他の戦車も射撃したのか、赤いマークが連続して飛び上がり、そして消えた。


 やった。叫びたい気持ちが一瞬あふれるが、それが頭の中ですぐに冷えて消えてゆく。


 続けざまにコンピュータが次の敵を選択し、ロックする。


 あたしは冷静に射撃ボタンを押す。閃光。飛翔。光輝。消滅。


 続けて三つの閃光と赤いマークの消滅。さらに後方から赤いラインが何条も伸び、いくつもの赤いマークに突き刺さる。そのうちのいくらかが消えてゆく。


 レティクルに赤いマークが合う。ボタンを押す。マークが消える。戦車を動かしながらそれを繰り返していく。


 戦車ゲーム、戦争ゲームと言うよりは、リズムゲームのようにも思えるわね、これは。


 と、直ぐ側で硬い何かが落ちる大きな音がした。敵の「射撃」だ。石か何かを吐き出してきたのだ。


 結構大きい。当たったら結構ヤバいかも。


 赤いマークから小さな赤いマークが放たれ、軌道のラインが描かれる。


 スティックを操作し、乱数加速で回避行動をしつつ、プラズマキャノンで砲撃する。


 電力消費と放熱が気になるけど、今は構ってられない。


 あたし達は敵を倒さなければいけないのだ。倒さなければ、この星で生きて行けない。


 生き抜くのだ。こんな何も出来ないあたしでも。なんとしてでも。だから、戦う。


 あたしは戦車を機動させつつ、冷静にマークに照準を合わせ、ボタンを押し、敵を倒し続けるのであった。



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