第2話 データの声を聞け
翌日、神浜セインツの球場。
監督室では、千石がユニフォーム姿のままデスクに座り、パソコンの画面を睨んでいた。その画面の端には、夜通し送られてきた無数のメッセージ。
《ノーアウト一塁でのバントは平均得点値を0.10下げる》
《バント成功率の見積もりは打者別、相手内野守備率を踏まえて修正すべき》
《「確実に一点」より、「期待値1.4点」の選択肢を》
すべて司からの分析だった。
「……読むだけで一苦労だぜ」
千石は苦笑しながらも、紙に手書きで整理していく。だが、それはあくまで“準備”に過ぎない。試合中の判断は、インカム越しに耳に届く司の声が決めるのだ──千石にしか聞こえない、その“声”が。実際、司のデータはこれまでのセインツの戦い方を根本から否定するものだった。
ノーアウト一塁でバント? 駄目だ。失敗時のリスクを含めると、点が入る確率も期待値も下がる。
逆に、打者に強攻を命じる? リスクはあるが、相手の守備がそれを想定していない場面なら、むしろ好機になりうる。
そして──司はこう結論していた。
《バントを多用してきたチームは、今季ずっと“バントをしてくる”と読まれている。だから、今はバントしないだけで“裏”になる》
その夜、千石はベンチで小さく呟いた。
「……裏目を、表に変える」
セインツの反撃が始まろうとしていた。
神浜セインツ vs 尾張アーマーズ、最下位争いの一戦。
一回表、セインツの攻撃。ノーアウト一塁、打席には二番・河原。
「またバントだろ」観客の誰かが言った。
千石の左耳に、小さな声が届く。
『……ここは強攻だ。一二塁間が空いてる。打たせろ』
司の声だ。
千石は頷き、ベンチから右手を上げてサインを出す。ヒッティングだ。
結果、ライト前ヒット──ノーアウト一、三塁。
次打者、三番の大塚はスラッガータイプ。これまではこうした場面でスクイズを選び、一点を取りに行くのが千石のやり方だった。だが、そうして得た一点を、投手陣が守りきれず逆転負けする──それが今季の敗戦パターンだった。
今回は違った。
千石はベンチで短く告げた。「大塚、強攻だ」
戸惑いの空気が一瞬走ったが、大塚はそのままバットを振り抜く。
打球はセンターを越える二塁打。ランナー二人が生還した。
セインツが初回で二点を奪うのは今季初だった。
この試合、セインツはバントを一度も使わなかった。
結果、3対2で勝利。
翌日のスポーツ紙にはこう踊った。
《セインツ、バント捨てて勝利を拾う》
深夜、千石のスマートフォンには一通のメッセージが届く。
《これはまだ、入り口だ。こっから先は、もっと深く読むぞ。相手が“裏”を読むようになってからが本番だ》
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