第五話 生きる代償

 外から足音が近づいていた。真夜中の管制塔。わずかに雲間から星がのぞく。

「信事、大丈夫か!おい!……なんだよ、それ、手が!」

椋矢が信事に駆け寄った。

「おい、どうした!敵は!大丈夫なのか!」

「全員殺したよ。ふふっ。」

それだけ残して、力なく椋矢の方に倒れこむ。

「おい。……くそ、まずは止血だ。紅葉、紅葉ァ!」

そう叫び、椋矢は自分の服を脱いで長そでシャツの袖を信事の右腕に縛り付け、失われた指の止血を押さえつける。これ以上血を失うな。俺はお前をあいつに返さないといけない。

 紅葉の合流で治療を受けられた信事は、管制塔を降りて滑走に止まったワゴン車に寝かされた。信事一人で管制塔に上り、信事一人で全滅させて帰ってきた。その彼が、右手の指を失った。その痛みは、まだ、彼にしかわからなかった。

 兵器は隠されていた。このような事態に備えて、国内で情報を流していた謎の人物のつながりによって、自衛隊の兵器の多くが、地下、海底に隠されていたのだ。それらが開錠され、九州の軍事基地を日本軍事基地として運営を再開し、そこに格納されることになった。この軍事基地は解放軍制であるがこの語の工事によって、主に地下に格納庫が作られる予定である。現在の兵器力では、空爆などの脅威が大きい。それを避けるためにも、地下に兵器を温存しておくことは大切である。その上で、この位置から改進軍の防衛をしていく第一線として大きな機能を持つだろう。改進軍の戦いが、今始まったのだ。

 それが改進軍の最初の勝利になるまでに時間はかからなかった。想定よりも早く解放軍基地を制圧、そこに隠していた日本の兵器を一部開錠して基地から攻撃が可能になる。それに応じて、ヘリや戦闘機なども、その技術を持って地下に隠れていた仲間たちが乗り込み、九州周辺での戦力バランスが一斉に崩れることとなった。実際には、戦車もヘリも出撃には至っていないが、九州の地区だけにおいて、デジタルが全停電を発生させている間に、解放軍に対する殲滅戦が徹底されたのも事実。誰も知らない間に、約一週間、九州の全国はあらゆるデジタルと切り離されることとなった。その間に解放軍の情報収集、カメラの破壊と分解、周波数帯やラインを追って情報の行き先を調査することで、その穴を完全に埋めていく。

 最初の戦闘からキッカリ七日後、水面下で勝利の宣言が改進軍中に伝わったころには、完全に解放軍の支配から解き放たれていた。本土の連中は、すでに九州の監視はできない。そして事実上侵略されているが、国際承認が完全に得られているわけではない今、彼らがそのことを国際的に抗議することもできない。だからこそ、彼らはこの瞬間を狙ったのだ。

 信事は九州の病室でその報告を紅葉から聞いていた。

「ここ最近は目立った反乱もありません。一部の大陸系の住民から苦情などが寄せられていますが、大規模なホールを借りた講習会などで事情の説明に荷物検査を付けて電子機器を探知して持ち込みを禁止にしているため、講習会の内容は公になっておりません。」

寝ている信事にリンゴを向きながら、椋矢はそれを聞いていた。

「大陸からの情報は?」

「解放軍が東都市に海軍部隊と対空部隊の集結を強めています。」

「了解、ご苦労。あの方の移動はまだやるな。向こうの防御も怠るなよ。」

はい、と返事をして紅葉は去っていった。椋矢はリンゴ一切れを信事に渡し、自分も一切れ食べながら、呆れつつ言った。

「あれが俺らとタメかよ。……お前、自分の手の事、わかってるのか?」

そう低くうなった。信事は、左手でリンゴを食べながら、布団の中から右手を出して見つめた。親指から中指にかけて第一関節付近まで大きく損傷。薬指と小指も半分以上失っている。「フン、こんなもんで済むとはな。神は案外優しいらしい。」

「馬鹿を言うな。沙羅にどう説明するつもりだ。」

「しばらく会わないよ。」

それを聞いて、椋矢は思わず、は、と聞き返した。

「四国はまだ解放軍の数が少ないらしい。あそこを落とす。帰るのはその後だ。」

「お前まだ戦う気か?!」

「当たり前だろ。こんなんじゃ足りない。どうも、俺は血に飢えているらしいからな。」

「……馬鹿々々しい。」

椋矢は思わずリンゴを噛む顎に力が入った。

「やっぱ俺は大義を為す資質はないらしい。こんなこと繰り返していたら、いつか俺が。」

「……どうも、俺には現状力が必要だと見える。お前のような力がな。」

信事はそう返されると考えていなかったので、驚いて椋矢の方を見た。

「お前がこうなるとは思えなかったが。」

「ほっとけ。」

「いいさ。しばらく暴れてみろ。その代わり、重荷は背負ってもらうぞ。」

「ひでぇ元上司だ。」

そう言って信事は天井を仰いだ。

「……解放軍が更なる勢力を東海岸に集結させる前に四国を落とす。明日、進軍だ。」

その一言を聞いて、椋矢は病室を去った。

 信事の目論見通り、四国にはそこまでの勢力はなかった。明石海峡大橋から、同じように貨物線に紛れ込んで夜のうちに四国全国に兵をばらまき、同時多数方向から殲滅戦を仕掛けたのだ。そして、信事はある妙案を思いついていた。それを、椋矢にも紅葉にも伝えず、自分の持つ仲間だけに指示をだしたのだ。

 椋矢は、信事が解放軍の遺体をまとめて火葬するから回収しておけ、との指示を聞いていたために、鼻をつまみながらも回収していた。椋矢も、このころから戦場に参加するようになりはじめ、もはや死体にも見慣れてしまっていたのだが。

 ある日の深夜、調査船として大型の巡洋艦で日本海に出ていた解放軍は、海に浮かぶ同胞たちの遺体を大量に確認し、恐怖に慄いた。その一瞬の隙をつかれ、海底からの水柱が見えたころには、船は転覆していたという。

解放軍は、そのような噂を耳にするたびに、改進軍、という存在を次第に問題視し始めていた。これ以上増長させていては、自分たちの身が危ない。果ては本国からの増援のはずが、日本海で地獄につながる死の海を見たともなれば、次そこに転がる死体が自分かもわからないという恐怖が、改進軍狩りするものと戦意を喪失するものに大きく分かれていった。

それが信事にとっての狙いであった。そして、信事は次に何をするのか、ということも考え始めていた。関西地区はまだ比較的防御が薄い。関東勢力だけで九州と四国を抑えるこができたと考えると、現在の力なら、既に西日本を落とす力は持っていると言える。

大きな岩に座り込みながら、信事は九州の海を眺めていた。そこに、コーヒーを二本持って椋矢がやってきた。一本を信事に渡し、隣に座り込む。

「あそこまですることはなかったんじゃないか?」

「何のことだ?」

「とぼけるなよ。……今思えば、お前にはいくらか不可解さを感じるんだ。」

椋矢は一人、プルタブを捻ってコーヒーを一口飲んだ。

「なんでお前だけは、最初にミサイルだと分かった?」

「……そういう情報があったんだ。あの時、アラートと一緒に、別の通知がな。」

「それが今の仲間たちになってるってことか。……だがわからん。なぜそうまでする?」

「そりゃ、この国が俺の誇りだからだよ。生まれ育った土地は誰にでもそうだろ。」

「そりゃ、わかるけどよ。」

椋矢はまた一口飲んで、ためた空気を海風に乗せて思いっきり吐き出した。

「親父が海外に企業進出させて、帰ってきたころにはこのザマだ。なんで親父が殺されたのかも、俺はまだわかっていない。それが知りたい。だがそれ以上に、この生活を他者に奪われること自体、はっきり言って不快だと思ってる。土足で自宅に上がられたくはないだろ?」

信事は自嘲気味にそう口にした。椋矢は、それを見てまたため息をついた。

「お前は何の大義でここまで戦ってるんだ。」

「この国を残すためだ。こんなにもいい国なのに、時の政権で失われる未来は見たくない。」

「愛国者だな。奪われてものし上がればいいじゃないか。」

「それは正義ではない。」

「正義は悪とは言わん。だが正当性を欠くと思わないか?」

「極端だな。自分たちの国を自分たちが誇らないで、誰が褒めてくれるんだ?」

椋矢は缶に残ったコーヒーを飲み干した。

「これでも優しく言っている。お前が次に失うのは左指とは限らないと言っているんだ。」

「だからだよ。俺の指が無くなるくらい、沙羅の笑顔が消えることと比べりゃ安いもんだ。」

「……はははははは!そうか、お前はそのためか!」

「おい、勘違いすんな、それだけが理由じゃ!」

それを聞かずに椋矢は立ち上がり、笑いながら信事の肩を軽く蹴る。

「どうも、俺でさえ正義を失っていたらしい。人のためじゃなく沙羅のため、か。ははっ。」

椋矢はなおも笑い、信事はやるせなくなってプルタブを捻った。

「エゴだろ?罵れよ。笑うならここから突き落とせよ。」

「いいじゃねぇかよ。沙羅のことをわかってやれるのはもうお前しかいないんだぞ?」

信事も、自身に迷いはある。それでも、あの頃の三人に戻るためには、戦うしかなかった。どうしてかそんな気がした。それだけだった。

「さしずめ、お前は俺たちの神話になる。」

「神話?」

「そう言うもんだろ?人ってのは、神話で正義を語り繋いできた。お前は俺たちの神話だ。」

「日本神話があるだろ。」

「知ってるやつはもうほとんどいない。だから、お前が神話を作ってみろよ。」

「ふざけ……。」

信事はうなる。そういえば、日本神話がどんな内容だったのか、というのもよくわからないままこの年になったことに気が付く。そうか、だからこの国に正義がないのか。だからこうも簡単に情報操作に惑わされたのか、と理解もできた。信事は、それがおかしくなって、吹き出す前にコーヒーを喉に流し込んだ。

 岩から信事も立ち上がり、蹴られた背中の服を払う。

「遠くない先に西日本の電力を停止させる。範囲が広い、大仕事になるぞ。」

「了解。お前がこの改進軍を先導しろ。」

「了解だ、椋矢。」

そう言って、二人は基地に戻っていた。のだが。

 その情報を得たのは、その日の夜だった。信事たちは大急ぎで貨物線を手配し、西日本の現場を掠矢と紅葉に任せることにして、一部の戦力を引き連れて、至急東関東に戻る。

 潜入工作員から得た情報はこうだ。東京に残る勢力が、東関東地区の抜け穴に気付き始めており、そこの警備強化と同時に、陸上兵器の導入を決定した、とのことだ。信事にはいくつか思い当たる節があった。それがどうか、現実にならないことを祈っていた。のだが。

 地下駅に付いた頃には、まだ何も起こっていなかった。そのことに安堵しつつ、信事は大急ぎで事を伝える。こっちの勢力を強め、地下にある御帝周辺の警備をさらに強くするという旨と、仲間の住民にはなるべくここから避難してもらう、ということであった。

 信事は、住民の中から沙羅を探していた。どこだ、どこにいる。

「信事!」

その声の方向に視線を向けると、そこに彼女がいた。それに安堵して、近付く。

「信事、その手……。どうしたの!」

「……どうってことはない。生きててくれてよかったよ。本当。」

「こっちのセリフよ!なんで、なんなの、これ……私のため?なんで……?」

信事は、彼女が自分のために泣いてくれたことが嬉しかった。その肩を抱いて、急ごう、と一言声をかけ、肩を震わす彼女を、貨物に乗せた。

 早朝にこちらに到着したものの、出発したのは昼過ぎだった。こちらを守るための戦力と多くの協力者を交換し、電気機関車も交換した。満を持して、再び貨物線が出発する。

 これでは東関東の戦力が孤立しかねない。今すぐにでも、西を落とし、すぐに合流する必要性が出てきたな。これでは、関西で足止め食らってる暇はなさそうだ。今後ますます眠れなくなるだろうな。こんなところで終わってはいけないんだもんな。

 その時、何が起こったのかわからなかった。コンテナのわずかな隙間から、地下から地上の路線に出たのだろうと思ったその時に、轟音とともに、気が付いたらコンテナが倒れていたのだ。倒れた、とわかるまで時間がかかった。倒れた信事の上に沙羅がかぶさり、沙羅は無事なようだった。すぐに状況を掴めなかったが、近くの壁に掛けていたKriss Vectorを手に取り、椅子を設置しているパイプに足をかけ、天井になっていたコンテナの扉を力任せに開けてみる。空の光が眩しかったが、それより目を疑う光景が広がっていた。気を取られているうちに、すぐ下に沙羅が来ていたようで、手を差し伸べてコンテナの上に引き上げた。

「何……?あれ……。」

煙とともに、先頭の車両が燃えていた。

「クソっ……。爆弾を仕掛けられていたか……!」

思わず唇を噛んだ。だが、次の瞬間、背後から気配を感じ、思わずコンテナの台車に身を隠した。沙羅も無事だな。それを確認した信事は、何にも負けないような声量で叫ぶ。

「南方より敵襲!これより戦闘状態に移行する!!」

その声の瞬間、敵からのライフル弾がコンテナに弾かれる音で耳がつんざく。

「沙羅!隠れてろ!!」

そう言って信事は、隣の列車とのわずかな隙間から除き、こちらを狙っていた三人を狙い撃ちにした。もちろん、彼らもこちらに撃ってくるが、それを何度か誘発させ、相手がマガジンを取り換えようとした瞬間に、信事は沙羅を連れて隣の線路に後退した。恐怖により多くの住民がコンテナから出ることが出来ていない。爆薬、弾薬の車両に攻撃が集中しているわけでもないため、相手も情報が完全な状態ではないことは理解できた。

 乗っていた多くの警備兵がコンテナから飛び出し、ライフルやサブガンを持って応戦するが、正直こちらの戦力が足りていない。対空兵器も足りない中、遠くからヘリの音も聞こえていた。さて、どうする。西の仲間には今デジタルもまともに通じない。ここまでか、と信事も思いつつ、応戦を続けていた。

「どうします?!」

「暗号通信を開いて鉄道会社に支援を求めろ!」

今できるのはこれくらいしかない。だから、今はただ耐えるしかない。

 敵がコンテナまで近づいてくることはない。おそらく、今この戦闘で我々が十分に疲弊した後、あの戦闘ヘリでこの周辺を掃討するつもりだろう。まだ、信事は迷っていた。

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