偽りの王称

大空 界斗

第一章 消失の証明 第一話 夢の終わり

 あの大変な犠牲を生んだ戦争から早くも三か月が経ちました。台湾の政権が共和国政府に返還され、少しずつ町の復興が始まっています。これを受けて日本政府は、返還されたばかりの台湾島に対し、多くの復興物資を航空機で輸送することを決定しました。自衛隊は陸上部隊の持つ大型航空輸送機を離陸させる準備を進めています。次のニュースです……。

 午前九時、学校にたどり着いた信事シンジがため息を漏らして席に座った。大変退屈な道中。そして、今日もいつも通りの日常が始まる。その席に、掠矢リョウヤが声をかけてきた。

「おはよう。いつにも増して目が死んでるじゃないか。」

「止せよ、疲れてんだからさ。」

昨日の練習で体中の疲労感が高まっていた。いくら部活とは言え、午後六時以降まで練習をさせるのはいささか鬼ではなかろうか。

「次はもうちょっと早めに上がらせてくれよ、部長。」

「さぁてな、なんのことか解んねぇや。」

お茶らけて見せる掠矢。信事はなんでもいいやと、窓の外に目を向けた。

「何?お疲れなの?」

「そういうことだ。」

「構えよ信事!今日暇だしさ!」

二人の会話に沙羅サラが加わってきた。いつも、この三人である。

「だ、そうだ掠矢。久々に三人で飯でも食おうや。」

「いいねぇそれ!」

信事の提案に沙羅が乗った。それに首を横に触れないのが掠矢である。

 昼休憩、午後の授業も無事に終わり、午後三時半。三人は、一度帰宅してから、私服に着替えてまた街に集合することにした。そして、各々帰路につく。信事も、近所のコンビニの角を曲がって、住宅が立ち並んだ通りの三番目の家のドアを押し開けた。

 玄関を過ぎて階段を上り、部屋に入って上着を脱ぐ。だらしなく征服をベッドに投げ捨てて、私服をタンスから探し出して、それを身に着ける。腕時計をはめなおし、ネックレスを首に巻いて、再び出口に足を向けた。そして、玄関に降りて、ドアノブに手をかけようとしたその瞬間。誰かの気配を感じた。信事はため息をついて、わざと勢いよくドアを開けた。

「ひぇっ!って、信事!」

「やぁっぱりか沙羅。」

「もー、びっくりさせないでよ!」

「ははは、してやったぜ。」

沙羅の家は近所なのだ、どうも信事よりも早く帰宅して着替えを済ませていたようだ。

 戸締りをして、沙羅の前に出る。沙羅は黒のジャケットを羽織った私服だ。

「行こうぜ、椋矢が待ってる。」

「行こ行こ!」

二人は並んで、駅前に向けて歩き出した。空はもう、暗い青と赤を残して輝いていた。

 一つの人影を見つけて、沙羅は手を振っていた。それに応えるように人影も振り返す。

「おーい!」

「よう、やっと来たか!」

「来たぜ、待たせたか?」

沙羅の元気のいい声、椋矢の息の漏れた声、信事の落ち着いた声があたりに反響する。高架駅の出口前の狭い道で、三人が再び落ち合った。

「さて、どこ行こうかね。」

「焼き鳥、焼き鳥行きたい!」

「元気がいいな。だそうだ、焼き鳥だってよ。」

信事の問いに沙羅が答えた。それを椋矢に確認する。

「いいぜ。そこの店にでも行こうか。」

そう言って、椋矢が二人を先導した。

 ずいぶんな時間が経過して、そのあっという間の瞬間に三人とも満足していた。沙羅はもう食べきれまいと壁に寄りかかり、信事と椋矢はジュースを飲み交わしていた。

 そこで、まず信事が異変に気付いた。

「……地震か?」

「ほんとだ、揺れがどんどん大きくなってるな。」

椋矢がそれに反応した。少しの間、コップに入った氷と店のあらゆる食器を揺らして、その地震が少しずつ収まっていく。それに、三人ともまず一息をついた。

「ふぅ。久しぶりだったな。」

「そうだな……。」

そう思った途端のことである。けたたましく聞いたことのない警報音が、店内のいたるところから発生した。さすがに店内はパニックに陥っている。

「何?なになになになに?!」

食後にまどろみかけていた沙羅が飛び起きてパニックになる。

「落ち着け!スマホだ、確認すれば……え?」

信事がスマホを確認した途端、彼は微動だにしなくなった。それを見ていた二人も、自分のスマホのやかましさに気を取られて、それを確認した。二人は、どういうことだかわからないという風に、スマホを見直した。

「ミサイル警報……。だと?」

「いや、違う。……今の地震だ。」

それを聞いて、椋矢の顔が青ざめた。

「どういう、こと?」

沙羅が焦り気味に問う。その問いに、正確に椋矢が答えることができずにいた。

「お前ら、急いで事実を確認しに行くぞ。ここから離れよう。」

そう言ったのは信事だった。

「今すぐ家族を呼んで来い。ここからならまだ家が近い。東京から失せる。千葉もまだ危険かもしれん。茨城だ、茨城で合流するぞ!」

信事が再びそう声を荒げた。

「え、どうして?なんで?なにが?なんの警報なのこれ?」

未だに情報を処理しきれずに沙羅が慌てていた。

「いいから急いで、家族を連れて東京を出ろ。いいな。」

「なんで?」

「おい、待て、ちょっと待て。」

椋矢が信事を制止した。

「お前、家族は遠くに仕事に出てるんだろ?」

その言葉に、信事は思考が停止した。

「どうすんだ?お前ひとりじゃどうにもならんだろ。」

「俺は何とかする。それよりお前ら、早く!」

まだ店に残る客が動き始める前である。周りは皆パニック状態で、動き出せていない。今はここにいる二人の友人を優先しているつもりだが、その友人が気にかけてくれるなら自分を心配してしまう。それが時間を奪うと解っていて、信事は急速に脳の容量を奪われていった。そうして呆然と立ち尽くしてしまう。そうして時間だけが奪われて。

 その時、沙羅が信事の肩にぶつかって、そのままよれよれと力なく寄り掛かる。その肩は震え、目尻には涙をため込み、呼吸は荒くなっていた。

「どうした、沙羅?!」

急な出来事に、信事は思わず声を荒げた。

「どう……したらいいの?……なに、これ。……怖い。」

集中しないと聞き取れないような声。恐怖心で縮こまった小動物を思わせる。緊急事態であると認識できた沙羅には、重圧なのだろう。そこに信事の腹が決まった。

「俺は沙羅と沙羅の家族を連れて行く。お前は自分の家族を連れて行くんだ。いいな?」

「わかった、気を付けろよ。」

「おうよ。さて、沙羅。歩ける?家に帰ろう。」

俯いたままの沙羅を抱えて店を出て、掠矢は走って家の方向へ向かった。大丈夫だ、まだ地震は来ていない。街の様子もまだ落ち着いていた。電話などをしている人が大半だ。みんな半信半疑なんだろう。これが戦争だと自覚できていない。

 ゆっくりと歩き続けて、沙羅の家にたどり着く。玄関の前で、沙羅の体を起こした。

「沙羅。家族を連れて今すぐ東京を出るんだ。わかった?」

沙羅はゆっくりと頷いて、玄関の扉を開けた。そこで、足を止めた。

「信事は、来てくれるの?」

その問いに、信事は迷いなく、告げるのだった。

「あぁ、お前をちゃんと守るよ。」

 それから自宅に急ぎ、自分の身支度を済ませる。水のペットボトル数本と、缶詰食品、懐中電灯、笛。念のため、趣味で持っていたモデルガンをリュックに詰めた。それを背負って、足早に玄関に向かう。そして靴を履いて外に出た。

 もうすっかりと日が沈み、街灯の明かりだけが頼りだった。道が混む前に移動してしまいたい。その思いで、沙羅の家に向かった。

「沙羅、どうだ?」

ドアを数回ノックした。早く出てきてくれ、と心で願いつつ。

「あら、信事君。どうしたの?」

沙羅の母だった。

「この後東京が火の海になる恐れがあります。今すぐ疎開しないとなりません。」

「そうなの?さっきのアラートは誤報なんじゃないの?」

「それ、どこの情報ですか!テレビの情報はもう信用できませんよ!」

やはりそうか、と信事は心中舌打ちした。こうなればこれを口説くのは苦労がいる。

「とにかくミサイルは本当です。共和国の解放軍が実際に攻撃をしたんですよ!」

「それって本当なの?ねぇお父さん、ちょっと出てきて!」

沙羅の母は沙羅の父を呼び出した。どうじに、階段を下りてきた沙羅の姿が少し見えた。

「どうした、母さん。」

「ミサイルって、本当なんです?」

「ミサイル?さっきの、アラートのことか。だが、あれは……。」

父までもが、誤報だ、と言い出しかねなかった。信事は、仕方なく会話をぶった切った。

「テレビ局のスポンサーは外資です。出資元を落とす報道はしませんよ。」

そう言って、ネットニュースの記事を取り出して見せた。

「これは本当かね?フェイクとか、作り物なのでは。」

「さっきの地震で、一瞬にして二百人が死にました。次、どこで誰が死ぬかは解りません。」

それを聞いて、沙羅の父は少したじろぐ。

「私を信じなくてもいいから、彼らの死を信じてあげてください。」

自分でもよくこんな言葉が出たな、と思った。沙羅も、完全に信じているわけではないだろう。様々な情報戦で、今国内は完全に混乱状態になっている。ここまでは計画通りだろう。

「パパ。行こう。信じようよ。」

沙羅がとぼとぼとパンパンになったリュックを背負って降りてきた。それを見た沙羅の父は、準備して車に乗れ、と言って、家族を促した。信事も乗せてもらえることになった。

「ありがとうございます。乗せていただけて助かりました。」

「いやいい。これで何も起きてなかったらキャンプでもして帰ろう。」

そう言って、少しずつ込み始めた国道を東に進んでいく。

「俺たちと君の仲だ。海外出張の間、君を頼むと君の親からも言われてるしね。」

信事はそれを聞いて、ホッとした。この緊張下で初めて頼れる大人に出会えたと。

 隣の席で、沙羅は自分の荷物を胸に抱えて小さくなり、窓の外を見つめていた。信事は、そんな沙羅を見て、ため息をついた。だがその時、車が信号で停止した瞬間だった。

「……また地震だ。ってことは。」

再び、車内で響き渡るアラート音。それを聞くなり、沙羅が再び恐怖を思い出したように肩を震わせた。それをみた信事が背中をさすり、アラートを止めるように促した。

「これのことかね。」

「はい。さっきもですが、地震発生と同時にミサイルアラートがなることはありません。」

そう言って、窓の外を眺める。後ろの方を見ると、日が沈んでしばらくたつのにも関わらず、遠くの西空に、オレンジの光が輝いていた。

「むしろ地震ではない。この揺れはミサイルの衝撃ですよ。」

そういうなり、周囲の視界が途端になくなった。

「何?!」

沙羅の叫びが聞こえる。あたり一帯が暗くなり、車のローライトで照らされた道だけが見えた。信号機の光も消える。家の電気も次々と消える。停電だ。

「……逃げましょう。事故らないよう、気を付けて。でも急いで。」

「解った。つかまってろ。」

沙羅の父が、車のアクセルを踏む。他の車に気を付けて、ハイライトで運転を続けた。

 それからどれだけ走っただろう。茨城の国境を越えて、コンビニの駐車場に停車させていた。こっちの方までは停電は起きていない。しかたないから、車内で夜を過ごすことにした。まだかろうじて動いていたコンビニから食料を買い足して、眠りについた。

 翌朝、信事が目を覚ますと、他のみんなはまだ目を覚ましていなかった。起こさないように静かに車を降りて、深呼吸をする。すると、何人かの男の人影が近づいてくることに気が付いた。信事は唇を噛み、車の中の荷物から、モデルガンをそっと取り出して服に隠した。

 これが杞憂であればいい。むしろ杞憂であってくれ。そう願いながら、信事はそっと車のそばで知らぬふりをしていた。だが、彼らはどうも外国人らしい。

 男たちが大きなレンチを持っていると理解した瞬間から、彼はもう動き出していた。銃を取り出して、彼らの前に立ちはだかった。男たちは少し近付いてきていたが、銃を持っていると判断するなり、引き返していった。何も起こらなかったのならいい。そう考えて、車の中に戻ってきた。沙羅はすでに起きていた。

「あいつら、何?」

「……荒らしだろう。このごたごたは一日たった今、多分日本中で知れ渡る。」

「そしたら、どうなるの?」

「日本中の海外勢力が一気にこの国を乗っ取るさ。今時、どこにでもいるからな。」

そう言って信事は今後の事に思いを巡らせる。そして重いため息とともに声を漏らした。

「これが前世代の残した世界だよ。残念だけどな。」

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