エピローグ: 恋とか知らねぇし、お前もムカつく、でも。
石畳の階段を、こはるは静かに上っていた。
朝靄の漂う王都の宮殿前、今日もまた誰かが「理想の誰か」を追いかけている。
――その瞬間だった。
上から騎士服の男が微妙に困った顔で立っていて、その目の前で少女が泣いていた。
「ごめんなさい、あなたの気持ちには応えられない」
パリッとした騎士の声。
そして、咄嗟に涙をこぼした少女が、踵を返して走り出した。
「え、ちょ、待って、下に人――」
その声と同時に、彼女はまっすぐ階段を駆け下り、こはるの存在に気づくことなく――
ぶつかった。
バランスを崩し、視界が反転する。
まただ。また、あの時みたいに――落ちる。
そう思った、その時。
「……ったく、どんだけ危なっかしいんだよ、お前は」
腕を、掴まれた。
確かに。強く、温かく。
振り返ると、そこにいたのは――
「……ディラン?」
視界が、一瞬で変わった。
そこは石畳じゃない。
濃紺の校舎の壁。見慣れた階段の踊り場。
香りも、空気も――全部が“帰ってきた場所”。
「……戻ってこれたんだ」
呟いた瞬間、ディランの腕に、強く抱きしめられた。
「ずっと待ってた。お前が戻ってくるって、信じてた」
こはるの心臓が、耳元でドクドクと跳ねた。
夢じゃない。
ディランの声だ。腕だ。熱だ。
「……ごめんね。遅くなった」
ようやく届いた言葉に、ディランが笑った。
「遅ぇよ。俺、二限寝坊するかと思った」
「ばか……!」
ようやく会えたというのに、言葉がうまく出てこない。
胸が、詰まる。
そんなこはるを見て、ディランがふいに笑った。
「しかし……お前、俺の前にぶつかってきた子、見た?」
「え? あの女の子?」
「また告白されて振ってたら、階段落ちかけたってわけ」
こはるの眉がピクリと跳ねた。
「お前なぁああああああああっ!!」
再会の第一声は、叫びだった。
ディランが耳を押さえる。
「うるせぇって、マジで!」
「また! また告白されとるやないかこの俺様モデル体型美形ハーフイケメンめえええええっ!」
こはるが怒りの氷魔法を手ににじませ、ディランは笑いながら逃げる。
どこまで行っても、二人は喧嘩ばかりだ。
けれど、それこそが――帰ってきた“日常”。
こはるは、笑いながら泣いた。
「……ほんと、恋とか知らねぇし。お前も、ずっとずっと……ムカつく」
「でも、俺は知ってるよ。……お前が、好きだ」
「……っ」
ようやく言えた、その言葉。
こはるは口をとがらせながら、真っ赤な顔をして、そっぽを向いた。
「……バカ」
でも、もう二度と――この手を離さない
『恋とか知らねぇし、お前と異世界とか聞いてねぇ!』 漣 @mantonyao
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