第4章 俺の好みなんか、お前一人でぐちゃぐちゃにしやがって。
深夜の寝室。
風の音だけが静かに吹き抜ける。
ディランは窓辺に座り、ベッドに戻らず月を見上げていた。
(何やってんだ、俺)
心の中は、ぐしゃぐしゃだった。
こはるの顔が、どうしても離れない。
むくれた顔、睨みつける瞳、すぐに怒る癖。
だけど時折、ふと見せる――あの、まっすぐすぎる表情。
くそ。
可愛いとか、思いたくないのに。
(……俺、女は“美人”に限るって、昔から思ってたはずだろ)
フランス人の母親譲りで、美的感覚には煩いとよく言われた。
実際、これまで付き合った女性たちはみんな雑誌に載るような華やかな容姿だった。
整った顔立ち、すらりとしたスタイル、洗練された物腰。
“美人”というカテゴリの中にしか、自分の興味はなかった。
それが――
(なんだよ、こいつ)
背は低い。目はぱっちりしてるけど子供っぽい。
怒ると眉を吊り上げて、耳まで赤くなる。
服装だって中性的で、女らしさなんかない。
けど。
(――なのに、なんで、こんなに気になる)
自分でも信じられなかった。
リオと話しているだけでイライラして、
笑いかけられてるだけで“ムカつく”って言葉が喉から出てしまう。
たぶん。
(俺の“好み”とか、“過去”とか、そういうの全部、あいつが壊してきてる)
イライラした。
でも、それはもう、こはるに対する感情の裏返しなのだと、うすうす自覚していた。
そのとき。
ドアが荒々しく開いた。
「ちょ、なにしてんの! 寝ろって言ったでしょ!」
怒鳴り込んできたのは、案の定こはるだった。
パジャマ姿で髪がやや乱れている。
顔は真っ赤、目には怒りと何か別の感情が混じっていた。
「……どうした、夜中に。怒ってんのか」
「怒ってるよ!! あんた何だよ! 貴族の女の子と夜にふたりっきりでこそこそ話してて!」
「あれは仕事の話だっつってんだろ」
「はいはい、あーそーですかー!」
「……」
「なに無言になってんの!? もっとムカつくんだけど!!」
完全に怒りの沸点突破。こはるはベッドに枕を叩きつけながら叫んだ。
「僕がリオと喋ってたら“気に食わない”とか言ってきたくせに、自分は平気で女の子と会ってんの!? 馬鹿じゃないの!?」
「お前だって……」
ディランが立ち上がる。
部屋の中心で、2人は向かい合った。
「お前だってリオと話してるとき、やけに楽しそうだっただろうが」
「関係ないし!」
「あるに決まってんだろ!!」
怒鳴り返した瞬間、こはるは一瞬ひるんだ。
けれど、すぐに拳をぎゅっと握って言い返す。
「……じゃあ、あんたに何か言う権利あるの!? “ノンケ”のくせに!」
「それは……」
言葉が詰まった。
こはるが続けた。
「どうせ“間違えた”とか“気のせい”とか思ってんでしょ! だったら、僕に優しくしないでよ!」
「俺は――」
「……もう知らないっ!」
顔をそむけて、こはるは走り去った。
ディランは、その背中を見送るしかなかった。
拳を握る。声にならない苛立ちが喉に詰まる。
(違うんだよ……でも、俺もわかんねぇんだよ)
ノンケとして生きてきた自分の価値観。
それを突き崩してくるこはるという存在。
逃げるようにドアが閉まったその音が、やけに胸に響いた。
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