#03 ファンタジー世界の岡っ引き
1
「怪しいヤツ! 神妙にしやがれっ!」
赤毛の女の子が、警棒みたいな細いこん棒をオレに突きつけている。
またかよ!
怪しいってだけで捕まるのがこの世界だ。そして自白するまで拷問するんだ。
いやしかし! 今はそれどころじゃない。
暴行を加えられる前に膀胱が破裂するか、粗相するかの瀬戸際なんだ!
このドア…トイレのドアさえ開いてくれれば!
その時だった。
スッと自動ドアが開いた!
「ーーッ!」
声にならない叫びを上げ、オレは中に駆け込んだ。
間に合え! 間に合えぇええええ!
アセって震える手でズボンの前を開ける。そして──
「間に合ったぁ……」
あぶなかった。ギリギリところで間に合った。
脱力、放心し、オレが大きく息をついていると、
「何をしておる?」
「おい! 開けろ!」
のじゃ子さんと赤毛の子の声がした。
振り返るとトイレのドア──自動ドアならぬ魔動ドアは閉じていた。
ヤバかった。あやうく女の子の前で用を足してしまうところだった。
「あれ?」
水を流そうとして、そのスイッチがないことにオレは気づいた。
そう、こっち世界のトイレも水洗式なんだ。形もいわゆる洋式トイレそっくりで、用を足した後は水を流すのだ。
魔捜研ラボの館はレバーで、近所の食堂のトイレには水を流すボタンがついていた。
でも、今オレがいるトイレには水を流すレバーやボタンがない。
「まてよ……」
あっちの世界でも、ボタンやレバーじゃなく、センサーで自動的に流すトイレがあった。それの魔法版がこのトイレなんだ。きっと最新式なんだろう。つまり……
「流すのも魔力が要るのか!」
どうする? 流さないまま出るか? そこに──
「どうしたソータ? 具合でも悪いのか?」
ドアの向こうから、心配そうなのじゃ子さんの声。
そうだ。のじゃ子さんに流してもらえば──
「──って、できるか! そんなハズいこと!」
だがしかし、どうする?
……そうだ。
さっき魔動ドアが開いたのは何故だ? 必死に「開け」って念じたからじゃないか? だったら流すのも必死に念じれば…!
流れろ…流れろ……!
「おい、返事しろ!」
「まさか倒れておるのか? 店員を呼ぶか」
「どいてな! ぶち破ってやる!」
ドアの向こうで物騒な会話がされている。
今、このタイミングで開けられるのはマズい!
「ちょっと待って! すぐに出るから!」
叫んだ直後だ。じゃばぁ…と水が流れた。
なんとかなった……。
ほっとすると同時に、オレはあらためて思った。
異世界こぇえ……。
魔力の低いオレは、うかつにトイレにも行けない。
これから店に入る時は、まず魔動化してるかどうか確認しよう。
× × ×
「ゼェゼェ……」
流した後、ドアを開けるのにも必死に念じる必要があって、トイレから出た時、オレはもうヘトヘトだった。
「てめぇ何モンだ? ここで何してた?」
トイレから出ると、こん棒を手にした赤毛の女の子がにらんでいた。
落ち着いて見たら、けっこうかわいい子だった。
黒のベストを着て、腕には手甲、ホットパンツにニーソという姿。赤毛の髪をポニテにしていて活発な感じがする。妖艶なクロエさん、可憐なサミちゃんとはまた違った魅力がある。
「オレはソータ。魔法捜査研究所の主任研究員だ」
息を整え、オレは答えた。
「てめぇみたいな小僧が主任研究員だと?」
かわいいけど、この口と目つきの悪さはいただけない。
「そっちもガキじゃないか」
ムカっと来て、つい乱暴な口調になってしまう。
「ガキじゃねぇ! 18だぞ! 護民兵の二代目ペイジとはアタイのことだ!」
18歳? オレと同じなのか。てっきり15、6歳だと…いや、それより護民兵だって? 女の子が?
「少し落ち着こうか。ふたりとも」
魔捜研の身分証を出して見せ、のじゃ子さんが言う。
その後ろには、ウェイターたちが何事かとこっちを見ている。
「……場所、変えましょうか」
2
レストランを出たオレとのじゃ子さんは、護民兵ペイジと詰め所へと移動した。
「ハッチ、ハンナ。客人に茶を頼む」
ペイジが言うと二人の老ドワーフがそろって「へーい」と答えた。
ハッチとハンナ──後で知っただけどこの二人は夫婦だった。
オレとのじゃ子さんは、受付カウンターの奥、護民兵たちの待機所に通された。
そこは石造りの部屋だった。古い木のテーブルとイス、壁には槍やクロスボウや盾が並び、奥には牢屋があった。西部劇の保安官事務所に似ている。
「で、魔捜研の二人が何の用でい?」
テーブルに着いたペイジが言う。
ファンタジー世界の人間なのに、時代劇の岡っ引きみたいなしゃべり方である。違和感あるなぁ。
コレ、オレが護民兵を岡っ引きみたいなもの…って考えたから〈スパイク〉がそのように翻訳しているのか。
「酒場の主が殺された件について、詳しく聞きたいのじゃ」
のじゃ子さんが言う。
「シドの旦那の報告書、読んでねぇのか?」
「シドの旦那?」
「ここを担当している衛士だ。知らねぇのか」
「なんでけんか腰なんだよ……」
ペイジの態度の悪さに、つい声が出た。
「気に入らねぇからだ」
ペイジは即答した。
「なんで?」
「新参が、デカい顔してひとの領分に手ぇ突っ込みやがって。歓迎されると思ってたのか?」
「ああ、そういうことか」
急に現れた魔捜研という組織に反発しているのか。
犯罪捜査限定だけど、オレたち魔捜研の身分は騎士と同格。衛士や護民兵に命令できる立場だ。
ペイジたちからしたら、オレたちは、他所からいきなりやって来て仕切り始めた管理職みたいな感じなんだろう。
「お主らの手柄を横取りするつもりはない。むしろ協力するためにわしらはいるのじゃ」
のじゃ子さんが言う。
「協力? 何をどう協力してくれるってんだい?」
フンっとペイジが鼻を鳴らす。
「犯人を見つける手掛かり。容疑者の中から犯人を特定する証拠。そういうものを提供できるのじゃ」
「ふーん」
と興味なさそうに言うペイジ。だけど……。
見るからにソワソワ、ウズウズしている。コイツ、ウソがヘタだな。
「報告書だけじゃわからないことが多い。実際に、現場で捜査している人間の声を聞きたいんだ。頼むよ」
ダメ押しに、オレは下手に出て、そう言った。
「仮にも騎士身分が頭を下げるんじゃあ、協力しないわけにはゆかないな」
ふふん、と上機嫌になってペイジが言う。
コイツ、案外チョロいぞ。
そこにちょうど、ドワーフのばあさん──ハンナがハーブティーを運んで来た。
この世界の飲み物ってだいたいハーブティーだ。
「まずはそっちのネタを教えてくんな」
お茶を一口啜ってペイジが言う。
「死因は後頭部への一撃。重くて硬いもので、カドがあるけど尖ってはいないものだ」
「なんだ、凶器はわかんねぇのかよ」
「でも、こん棒とか酒瓶じゃないことは確かだよ。現場には凶器に該当するものはなかった。つまり、犯人が持ち去ったんだ」
「そうか。凶器を持っているヤツを見つければ、そいつが下手人ってわけか」
ふむふむと頷くペイジ。口は悪いけど素直だ。
「次はそっちだ。ペイジたちがつかんでいる情報を──」
オレが尋ねようとした時だった。
バンっ! と待機所の扉が開いた。続いて、どかどかと男たちが入って来た。
ペイジと同じ黒いベストを着ている。あのベストは護民兵であることを示すものらしい。
その護民兵の一人が叫んだ。
「下手人を捕まえたぜ!」
え? マジで!?
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