インチキ神様とミツグ君
室町幸兵衛
夢の世界で人生ゲーム
目が覚めたらお花畑に立っていた。
これっぽっちも記憶にない場所だった。つい先ほどまでベッドで安らかに眠っていたはず。それがどうしてこんな場所に……。
「そうか、夢か!」
不思議な感覚に包まれながら頬を2~3回叩き、夢である事を確認して辺りを見渡した。
それにしても綺麗な所である。肌をかすめる風が心地よく、見渡す限り色とりどりの花が咲き乱れていた。どこからともなく漂ってくるお香が心を落ち着かせ、木の実をついばんでいる小鳥が平和を感じさせる。
まるで天国へ来たような、そんな気分だった。
心安らかに景色を堪能していると、遠くに人影が見えた。たぶん、ここの住人か管理者だろう。姿形から老人だと思われる。
小さくて細身の体系だが背筋はピンと伸びて存在感がある。胸まで垂れ下がる立派なアゴヒゲが印象的で、両手を後ろに組んで威風堂々としていた。漫画に出てくる仙人のような出で立ちだった。
老人は俺を見つけると満面の笑みで手を振り、ゆっくりとした歩みでこちらへ向かって来た。その雰囲気から気さくな感じが……。
近くまで来た時、もう一人の俺が全力で警報を鳴らした。
堂々とした容姿とは裏腹に白いランニングシャツに白のブリーフ。ビーチサンダルをカパカパいわせ、スネ毛丸出しで向ってきた。そして何故か毛糸の帽子と毛糸のマフラーをしていた。
へ、変態だ。
完全にヤバイ奴である。人生で一番関わってはいけない人物がそこにいた。老人は俺を見てニコッと笑い話しかけて来た。
「今日は暑いね」
「……」
じゃ、取れよ。その毛糸の帽子とマフラーを!
「あのう。ここはどこですか?」
「パラダイス」
「はい?」
「分かりづらい? じゃ秘密の花園」
「はぁ」
「まだダメ? それじゃ花びら大回転」
「……じーさん、なめてるのか」
「いやだぁ~。私にそんな趣味はないわよ!」
「なっ……」
本気でヤバイと思った。たとえ夢であっても絶対に関わりたくない。
一刻も早く覚めてくれと懇願していると、老人はダランとたれ下がったマフラーを巻きなおして言った。
「君は鴨志田ミツグ君だよね」
「そう……です」
「これ、夢じゃないよ」
「は?」
「夢のようで夢じゃない。だから夢なのよぉ~」
「さっきから何言ってんの?」
「言葉という時代遅れの通信手段」
「どこの病院から抜け出してきたんだ?」
「天国総合病院インテリア科、かな」
「そんな病院あるか!」
「ないね」
「……」
まったく話にならん。というか、会話が成立しない。非常にイライラする。夢であってもイライラする。
ブン殴りたい気持ちを押さえていると、老人は落ち着いた様子で話し始めた。
「ミツグ君。今からとてつもなく重要な事を言う。君にとっては驚き桃の木山椒の実はピリリと辛いだが、耳の穴をかっぽじってよく聞けよ」
垂れ下がったマフラーを再度直しながら説明に入った。
……ウザいだろ、そのマフラー。
「ワシは神様だ。世間一般で言う偉大な人ね。そしてここは天国の入口。人によっては地獄の入口かもねぇ~」
「……」
「君は30分前に五輪中」
「は?」
「簡単に言うと、凄すぎて死んじゃうぅぅ」
「バ、バカにしてんのか?」
老人は空中へ向けてパチンと指を鳴らした。すると、目の前に大型スクリーンが現れた。映し出された映像は病院で、俺は手術台の上で心臓マッサージを施されていた。
「これ映画か何か?」
「いやマヂだよ」
「よく出来た物語だな」
「言い方はビルヂングと一緒ね」
「何が?」
「信じるか信じないかは、あなた次第」
「……話、噛み合ってねぇぞ」
作り物にしてはリアリティーがあり過ぎた。待合室で不安そうに待っているのは紛れもなく家族だった。そして電気ショックを受けているのは俺で間違いなかった。
「ど?」
「……ど?って言われても」
「いやぁ~ん。もっとちゃんと観て」
「言われなくても観てるわっ!」
さらに続く映像。
懸命の蘇生処置も空しく、電気ショックが中止され機械がピーっという音を立てた。医者が真剣な顔で家族に説明をした後、俺の名前を呼びながら全員が泣き崩れた。
自分の死にゆくさまを見たのは初めてだった。これが真実なのかウソなのかは分からないが、客観的に見て登場人物から背景に至るまで作り物ではない気がする。
「……俺、死んだのか?」
「ようやく状況が飲み込めたかな」
「死因は?」
「ビックリ死」
「なんだそりゃ」
「天井からゴキブリが落ちてきてビックリ仰天」
「そんなんで死ぬかっ!」
「でも、映像は本物よ」
「マジなのか?」
「本気と書いてマヂ」
「……」
「イボヂの仲間」
「……違うと思うぞ」
戸惑っている俺をよそに、老人はニコッと笑った。
「人間的には不幸な出来事だけど、神様界隈で生き死にはあまり意味のない事なんだわさ。肉体は仮の住まいであって、本来の自分は魂の存在だからねぇ~。
魂が成長する。肉体が成長に付いて行けずに滅ぶ。己に見合った肉体に生まれ変わる。生生流転が全ての法則なんだわさ」
言っている意味は分からなくもない。生まれ変わりについては、俺も心のどこかで信じている。「袖すり合うも他生の縁」という言葉があるように命は数珠繋ぎなのだろう。それに関して何も言う事は無い。
1つだけ気になるのは今後の行く末である。
「状況は分かった。で、俺はこれからどうなるんだ」
「ワシと一緒に暮らす?」
「暮らさねぇよ」
「生まれ変わりたい?」
「もちろんだ」
「あ~ん。このスケベ!」
「何がだよ!」
何だろう。物凄く疲れるじーさまである。
「君は見込みがありそうだからチャンスをやろう」
「チャンス?」
「もう1回生まれ変われるチャーーンス! やる?」
「当たり前だ。やるに決まってるだろう」
俺の言葉を聞いた老人は、再び指を鳴らした。今度は空中からルーレットが出現した。突如現れた6面ルーレットには数字が書かれていた。
「何だこれ?」
「ルーレット」
「それは分かるが、1と8しか書かれていないぞ」
「一か八か。人生はギャンブル」
「……で?」
「1が出たら復活。8が出たら蜂に刺されます」
「嫌だよ。そんなの」
「これぞ1818ルーレットォォ」
頭が痛くなってきた。こんな所は素早く脱出したい。
俺はつい昨日、20歳になったばかりだ。まだまだやりたい事が沢山ある。
大学ライフを堪能し、彼女も作って青春を謳歌したい。明るい未来が待っているのだ。こんな変態ジジイと一緒にいるくらいなら、例えギャンブルでも人生を賭ける。
「よし。やってやんよ」
「ちなみに、どこを刺されたい?」
「どこも刺されたくないわ」
「大きくなるよ」
「何がよ」
「女の私にそんな恥ずかしい事言わせるのっ!」
「じーさまだろうがっ!」
こんな変態に構っているヒマなどない。一刻も早く家へ帰って安らかに眠りたい。
俺は意を決して勢いよくルーレットを回した。
「ブンブンブン。刺されてブン」
「うるさいなぁ。歌うなよ」
「大きくなったら、自信も生まれて」
「こちとら真剣なんだよ」
「ブンブンブン。あそこがビーン」
「じゃかましい!」
ルーレットは少しづつスピードを緩め、カランと音を立てて止まった。運命が決まった瞬間だった。ドキドキしながら覗いた。
うがぁぁーー。は、8!
止まったと同時に老人はスズメ蜂に姿を変えた。しかも人間の大きさそのままである。尻で尖っている針は腕くらいある。
「さあ、君の運命が決まったね」
「ちょ、ちょっと待て!」
「ご希望箇所は?」
「どこも嫌だよ」
「嫌よ嫌よは「もっと!」の合図」
「お前、考え方が危険だな」
2分の1の人生ギャンブルで賭けに負けた。それは潔く認めよう。
だがしかし、そもそも論としてこのゲーム自体に納得がいかない。大切な命をルーレットで決めるなど言語道断である。
「あのさ。お前に一言……」
そこまで言うと、俺の言葉を遮った。
「やるって決めたのは自分。ワシは強制などしてないよ。思い通りの結果が得られないからといって難癖を付けるのは、思考回路の千切れたDQNの所業。文句があるなら自分で何とかすればぁ~」
心を見透かされたような正論だった。
自分ではどうにもならないから他者にお願いし、望みが叶わなければ逆切れする。まさにクレイジーである。
「悪かったよ」
「ふ~ん。君って意外に素直なんだね」
「まあな」
「ワシは素直な子が大好きなのだよ」
「……」
「再チャレンジしたい?」
「もちろん。したい!」
「うんもぉ~。絶倫!」
「……頭大丈夫か?」
再び元の姿に戻ると、目の前に賽銭箱を置いた。
「何だこれ」
「賽銭箱」
「いや、それは分かっているが……」
「自ら再チャレンジを望んだんでしょ」
「まあ、そうだけど」
「人生ってそんなに甘くはないんだわさ」
「命を盾に金をゆするって最低だな、お前」
俺の言葉にニヤッとほくそ笑んだ。
「本来なら君の人生はここで終了。新たな肉体に生まれ変わるのが筋なんだわさ。君の場合、現状に戻りたいと懇願した。ワシはその願いを叶えた。でも結果に納得いかないから二回目を希望したんでしょ。そしたら誠意ってものを見せないと。
お願いすれば何とかなると思うのが畜生の浅ましさ。誰も何もしてくれないよ。神様にだって無理ぽだお。時には命を賭けて頑張る事も大切なんだわさ。だって自分の人生だものぉぉ」
トチ狂った老人かと思ったが、先ほどから意外にまともな事を言う。失敗したからといって誰かのせいにしたり、他人に頼ったりするのはお門違い。どんな結果になろうとも自分の人生は自分で決断して当たり前だ。
老人は俺の願いを受け入れた。結果に満足出来なかったから「再チャレンジ」は虫のいい話である。自ら二回目を懇願した以上、誠意ある対応は当然と言える。
「分かった」
「お気持ちで結構よ」
「ただ、お金を持ってないんだよね」
「君はミツグ君でしょ」
「だから?」
「貢いでちょ」
「持ってないんだって」
「クレジットも可」
「いきなり連れて来られたんだ。それもないよ」
「もしかして、君って無課金ユーザー派?」
「なっ……」
「しょうがない。泣きの1回だよ」
こいつは本当に神様なのだろうか。俺には頭のネジがブッ飛んだじーさんにしか映らないのだが……。
ラストの命を貰った俺は、気合を入れてルーレットを回した。
「一か八かは1818ぁ~」
「頼む頼む頼む」
「一か九かは1919ぅ~」
「お願いお願いお願い」
「四か五かは……」
「それ以上は言うなぁぁー!」
そう叫んだ直後、ルーレットはカランと音を立てて止まった。素早く駆け寄って確認した。1だった。
「よ、良かったぁ~」
「おめでとう。これで君も立派な大人だね」
「もう20歳で成人したよ」
「この子ったら大きくなって。いい子いい子」
「気安く触るんじゃねぇ」
老人は俺の頭をいい子した後、音もなくスッと消えた。同時に空中へ吸い込まれるような感覚を覚え、気が付いたらベッドの上で目が覚めた。
「やっぱり夢か。何か疲れる夢だったな」
カラカラの喉を潤すため枕元にあるペットボトルに手を伸ばすと、どこからともなく声がした。
「楽しかったね。また遊びに来てね」
だ、誰が行くかぁぁぁ!
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