迎え火、着きました。

トイノリ

迎え火、着きました。

お盆になると、山から迎えが来る。


別にタクシーが下りてくるとか、スーツの人が来るとかじゃない。

ぼくんちの裏山に、提灯がぶら下がるだけだ。毎年、決まって三晩。


赤くて丸くて、多分中に蝋燭が灯ってる。

風もないのに、ゆら〜、ゆら〜って揺れてる。

虫も寄らない。なんか、虫すら空気読んでる感じ。


で、その度にうちの母が言う。


「迎え、来てるよ〜。行かないの?」


そんなノリで言うな。

ピザ屋じゃないんだぞ。



昔、山で迷子になったことがある。

それ以来、毎年来る。


あれは盆踊りの夜だった。

小学校に上がる前だったかな?……って思ってたんだけど、


よくよく考えたら、もっと前だった気もする。

というか、もしかしたら、まだ人間じゃなかったかもしれない。


いや、これは冗談とかじゃなくて、本当に。


記憶がね、煙みたいにふわふわしてて。

盆踊りの太鼓の音とか、提灯の赤とか、足袋のおじいちゃんの笑顔とか、そういう“雰囲気”はあるんだけど、はっきりしない。


そもそも、自分の足があったかどうかすら怪しい。



「ねえ母さん、ぼくってどこから来たの?」


「え? スーパーで買ったんじゃない?」


「真顔で言うなよ」


「じゃあ山?」


「それも怖い」


「ほら、昔の人は言ったでしょ。“山から授かった子”って」


「昔の人、便利に使いすぎじゃない?」


「ま、何にせよ、一回ぐらい行ってきたら?向こうの人、気長に待ってるんだから」


向こうの人。

って、誰だよ。



一昨年は、提灯に小さい札がぶら下がってた。


『お盆だヨ!全員集合!』って手書きで。

字が下手。情緒ゼロ。


去年は、『そろそろ限界デス』って書いてあった。

なにが限界なのか。

怖い。けど、ちょっと笑った。



一度だけ、提灯についてってみようかなって思ったことがある。


その夜は、なんか妙にテンションが高くて。スイカを半玉食べたせいもあるかも。

気づいたら玄関のサンダルを履いて、裏山のふもとに立ってた。


提灯がゆら〜って先導してて、

後ろにはなぜか母がアイス片手についてきてた。


「なんで来るの?」


「お迎え、家族割あるらしいし」


「そういう問題じゃないでしょ」


でも途中で犬に吠えられて、ぼくも母も逃げ帰った。ちなみに提灯も慌てて山に逃げていった。

わんこグッジョブ。



今年も提灯が来てる。


相変わらず無言で、ゆら〜ゆら〜って揺れてる。

札には『ファイナル盆』って書かれてた。


なんで英語なんだよ。

しかも文字はゴシック体でラメ入り。

提灯の進化、方向性おかしい。



ぼくは今、うすうす気づいてる。


たぶん、ぼくって……

ほんとは「迎える」側なんじゃないかって。


あの盆踊りの夜、迷子になったんじゃなくて、

誰かと「交換」したんじゃないかって。


じゃあ今の“ぼく”は何なんだろう?


考え出すと怖いけど、

カーテン閉めてクーラー効かせて、スイカバー食べてる限りは、大丈夫。って思えてくる。


とりあえず、今年も行かないことにする。



でも時々みる夢の中では、知らない顔と、ずっと踊ってる。

汗もかかず、音もないのに、ずっとぐるぐる、手をつないで。


誰なんだろうなぁ、アレは。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

迎え火、着きました。 トイノリ @teru_go_go

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ