肉體時計

加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】

その円盤や箱の中に、時は存在しない

 真夜中、トイレで目が覚める。ちなみに今は、何時だろう? 薄闇枕元はくあんちんげん人工寂光じんこうじゃっこうが網膜を刺激するので、俺は思わず、スマホに手を伸ばしかける。たかが平方センチ程度の酸化インジウムスズの薄膜の中に、デジタル時計の四桁を求めて、手を伸ば────

 いや、やめておこう。俺は手を引き戻す。たまには、自分の頭で、今何時何分か、導き出してみよう。

 まだまぶたは重たい。体もやや重い。昨晩はいつもと違って珍しく、日を跨ぐ──一二時をまわるよりも前に眠りに落ちたはずだから……対して時間は経っていない。まだ四時間弱、といったところだろうか? ってことは、今、三時半、くらいのように思う────

 待て、よ……。俺は気づいてしまった。そもそも、こんな数字の推理をするなんて、誠にけしからんことだ。なぜなら、そもそも時計の示す数字はお飾りに過ぎない。大事なのは、さっきまでの眠りが俺にどれほど回復と安らぎをもたらしたのか、そして今世界は──太陽は、空は、鳥は、空気は、暖かみは、湿気は、風は、草木は、山は、海は──どんな、か、そういったことだ。俺は忘れかけていた大事な何かたちを思い出した。思い出したぞ! 何時に起きて、何時に家を出て、何時の電車に乗って、何時に乗り換えて、何時に目当ての駅に着き、何時に職場について、何時に始業、何時に会議、何時に商談、何時に昼休憩、何時までに書類完成、定時は何時で飲み屋に何時、なにかにつけて、何時、何時、何時だ! 時計に、数字に、頼り過ぎなんじゃあないのか? もっと言えば、俺たち人間は、数字に支配されているんじゃあないのか? 本来は体内時計ってものが、人間の体には備わっているだろう? そのおかげで、世界という無限の循環は今どの状態にあるのか、自分はどんな状態の世界に身を置いているのか、なんとなく、わかるのだ。だがあのにっくきマシンに侵されたままでいると、ひょっとするといずれはそれ──体内時計を、体は不要と看做みなしてしまって、捨て去ってしまう、失ってしまうのではないか? 時刻とききざみの力を、己が内側から外側へと、摘出してしまうのではないか? 具現化された時計がないと、生きることがままならないなんていうのは、思考停止の機械人形ロボット同然だ。

 俺は五感を研ぎ澄ます。

 いや、旦目は閉じる。

 まず、音がした。

 ブルルン、と低い唸り。

 新聞配達の駆る輪だ。

 知ってるぞ、彼らの朝は、日の出サンより早い。

 時台、時台に目が覚めてしまうお年寄りの寝起きのお供たる新聞は、五時では、遅い。

 つまりは、今三時から四時の間だろうという推理は、あながち間違いではないのではないか?

 待て待て待て!

 まただ! 

 数字に支配されている!

 俺は今無意識のうちに、一、二、三、四、五と順に数を数えてしまっていた!

 なんと恐ろしい。

 だが……

 もう、わかったぞ。

 難しく考え過ぎていたのだ。

 そうだ、これでいい。

 これだけ、だ。



 夜明け前だ



 窓の手前のひだ布から、夜月よづきと朝日のせめぎ合いが漏れるのが、何よりの証拠。

 俺は限界突破直前の膀胱ぼうこう(膀『胱』の中にがある。それを出し抜かねばならない!)が今にも破裂しそうなことを思い出し、トイレへと駆ける。

 すっかりえた目とシャキッと目醒めた脳機能は、薄闇中の家具と室内構造をかわすのに十分、いや分な働きをしてくれたので、足の小指を箪笥たんすの角にぶつけたり、あちこち肘鉄ひじてつを喰らわせることもなかった。

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肉體時計 加賀倉 創作【FÅ¢(¡<i)TΛ§】 @sousakukagakura

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