時は、二日前にさかのぼる。よくある雑居ビルである橋部ビル二階。鼎探偵事務所かなえたんていじむしょに、浮気調査の依頼が持ち込まれた。依頼人は東鶴久乃だ。

「夜間のみ……会社をですか。取り敢えず一週間」

 事務所長の横山鼎よこやまかなえはタブレットでEXCELを起動して概算の見積もりを出す。

 前屈みの体勢になると座っていたソファがギシリときしんだ。

「これに加えて……現地を見ていないので、もしかしたら追加でレンタカー代が必要になるかも知れませんねえ。この酷暑では夜でも外の張り込みは過酷です。人を増やすかクーラーのある場所を用意しないと……」

 鼎は腕組みをして首を傾げる。この追加金額が認められないと連日の酷暑だ。楽な依頼が一転過酷な依頼になってしまう。

「それでしたら会社の向かいに温泉宿があるのですが、そこの一室を年間契約してますのでそこから見張って頂いたら快適ですし寝具も使えます」 

 久乃は指を唇にあて話す。社長夫人で副社長との事だがクリクリとした目で考える様子はどちらかと言えば可愛らしい印象だ。

 身にまとったネイビーのオフィススーツと相まって若々しい。

「それは助かります。ただ契約された部屋に電気がついていたら旦那さん、ええっと貴史さんでしたか、勘付かれませんか」

「それは大丈夫です。年間契約といっても、もしもの時に備えて一室開けてもらっているだけですから、そこがあずまが契約している部屋とは外からでは分かりません。今のシーズンなら好きな部屋を選べますし、それに他の方に貸し出した事も何度かあります……」

「そうですか、でしたら追加料金は無しという事で、では人の手配がありますから明日からと言う事で……」

 夜の人員確保は中々難しい。ただし鼎には一人張り込みにうってつけの人物に心当たりがあった。

「お願いします。大体私は会社に夜の八時位まではいるので、夜の八時から朝の八時までの監視を一週間お願いします。会社の正面入口にあるポーチライトは人が来るとセンサーが働いて証明がつくので会社の近くまで行って写真を撮って下さい。それなら外での作業は最小限ですむと思います」

 久乃は深々とお辞儀じぎした。客としては過剰な礼にみえるが仕事柄なのだろう。

うけたまわりました。よろしければ業務連絡用に連絡の取れるメールかメッセージアプリを教えて頂きたいのですが……怪しまれない物を」

「ではこれを、以前使っていたアドレスです。夫は人の携帯をのぞき見る様な人ではないので大丈夫です」 

 久乃はディスプレイに二次元バーコードを表示した。鼎はすぐさまそれを読み取り久乃のアドレスを登録する。

しばらくは昼夜逆転生活になりますからメッセージでのやり取りになると思います。まめにチェックしますのでよろしくお願いします」

 鼎も依頼人に深々と頭を下げた。

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