第三章 §8 「陽は傾き、灯がともる」 その4

レイは机の端に置いてあった道具箱を静かに引き寄せると、

その中から慣れた手つきで幾つかの器具を取り出した。

顕微鏡的な倍率レンズ、魔力流を安定させるための簡易固定具、

そして刻印を微細に修正するためのエングレーバー。

すべて、異世界に来てから集めてきたもので、彼にとってはもはや日常の延長だった。

銀のブレスレットを静かに台座へと固定すると、レイはまず術式の回路を視認し、

エングレーバーの針先をそっと滑らせた。

目に映るのは、繊細にして錯綜(さくそう)する術式の線――まるで生き物の神経網のような構造だ。

(……設計自体は優秀だが、魔力効率に無駄が多い)

まずは《視界補助〈ヴァイジング・センサー〉》。

光量の変化を感知するセンサー式の構文に、反応速度を高める補助処理を加えた。

暗所での視認距離は従来の一.五倍に拡張され、

霧や煙などの散乱障害にも強くなっている。

続いて《魔力痕跡追跡符〈マナ・トレース〉》。

元の検出精度に干渉除去処理を追加し、環境ノイズに強く調整。

これにより、微弱な魔力の揺らぎも漏らさず検出できるようになった。

《術式解析ログ〈グリフ・スキャン〉》は記録容量を拡張し、

かつ他術式との連携機能を追加。

これにより、新たな魔具との接触時、より詳細な構文データを保存・参照可能となる。

最後の《精神結界遮断〈マインド・シールドカット〉》。

術式の干渉検知範囲を調整し、外部からの精神波に加え、

無意識下の影響も遮断対象に加えた。

これにより、幻惑や中位までの精神撹乱魔法にも対応できるようになる。

さらに、術式の魔力伝導率を強化し、魔力消費は約十五%削減。

各術式間の連動性も向上させ、同時発動時の反応速度は約三十%速まっている。

加えて安全装置と暴走防止措置を組み込み、

術式の暴発リスクを限りなくゼロに近づけた。

レイは作業を止め、わずかに息を整える。

結晶体の反応は穏やかで、魔力の流れは明瞭。

エングレーバーを止め、固定具を外してブレスレットを手に取ると――

その表面にわずかな銀光が走った。

(……これで、ようやく“使い物”になる)

今の彼なら、このブレスレットに刻まれた術式を――その全てを、

百%引き出すことができる。

かつて、このブレスレットに内蔵されていた術式は、

《視界補助》――ヴァイジング・センサー、

《魔力痕跡追跡符》――マナ・トレース、

《術式解析ログ》――グリフ・スキャン、

そして秘匿されていた《精神結界遮断》――マインド・シールドカット。

それぞれが暗所や煙幕でも視界を確保し、魔力の微細な揺らぎを感知し、

術式の構文を解析し、精神結界を遮断する基本的な感知・防御術式として機能していた。

しかし今回の改良によって、これらの術式は根本から性能を向上させ、

連動性や魔力効率も飛躍的に高められた。

その結果、術式は以下のように名前を変え、

より強力かつ高機能なものへと生まれ変わった。

《視界補助〈ナイトヴィジョン〉》

階位:第二位階相当 効果:暗所・霧・煙などの視界妨害を自動補正し、

視界距離を通常の1.5倍に強化。補助演算で視覚の明瞭度も向上。

《魔力痕跡追跡符(トレース・センサー)》

階位:第三位階相当 効果:周囲の微細な魔力を可視化・追跡し、

環境ノイズへの耐性も強化。過去数分以内の魔力活動まで高精度に感知可能。

《術式解析ログ(グリフ・リーダー)》

階位:第四位階相当 効果:簡易術式の構文を読み取り視界に情報を表示。

記録容量を拡張し、他術式との連携も可能。

《精神結界遮断(マインド・ジャマー)》

階位:第四位階相当(秘匿構造)効果:精神感応系術式の干渉を遮断。

念話・精神干渉・意識共有系術式に対応。秘匿結界構文により高い秘匿性を持つ。

この新たな術式群こそ、今の彼が完全に引き出し使いこなせる力の源である。


その事実を確信しながら、レイは窓の外を一瞥(いちべつ)した。

朝日はすでに高く昇り、街の一日は静かに始まりつつある。

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