第三章 §3 「理論の壁、技術の限界」
ファストキャストを体得したレイは、
第一位階から第三位階の魔法の基礎を六日かけてしっかりと習得した。
その基盤を整えたうえで、彼はさらに先――第四位階魔法の習得へと挑み始める。
だが、進めば進むほど、これまでのやり方では通じないと痛感させられる。
「魔力弾、爆裂・分裂式……」
低く呟きながら、指先に魔力を収束させる。
爆裂魔法の術式が展開され、爆発の余波が空間を震わせた。
だが、想定よりも爆心の広がりが鈍く、破片は予定の軌道を外れて弾け飛ぶ。
「……またか」
焦げた匂いとともに呟きが漏れる。
爆裂魔法の分裂制御――それは、思考通りにはいかなかった。
“術式の複合性”。
今、レイが向き合っているのは、まさにその壁だった。
第一位階魔法から第三位階の魔法は、比較的単純な構文で構成されている。
だが、第四位階になると、複数の術式構文を同時に処理し、
かつそれらを一つの論理として統合する能力が要求される。
呪文を連ねるだけでは意味をなさない。
術式ごとに独立した動作条件や魔力の配分があり、
それらを「組み合わせる」のではなく、「織り合わせる」必要がある。
レイは手元のメモをめくり、失敗した術式の構造をもう一度なぞる。
そこに書き記されているのは、爆裂魔法に分裂制御を加えた構文案。
それぞれの詠唱断片が、どのように作用し、
どの順で展開されるかが細かく記されていた。
しかし、理論上の完璧さと現実の挙動には、深い断絶がある。
文法を学ぶだけでは言葉を使いこなせないように――
術式もまた、理屈だけで動かせるものではない。
レイは再び魔力を集束させ、慎重に手順をなぞる。
メモを確認しながら、何度も試行錯誤を繰り返した。
「……構文の主従が逆転している。
でも、これを修正すると、魔力の圧縮率が足りない……」
次々と組み替えられる術式構文。
しかし、わずかな差異が結果を大きく左右する。
そのもどかしさに眉をひそめたとき、不意に背後から声がかかった。
「そのやり方じゃ、次の段階には進めないぞ」
振り向いたレイの目に映ったのは、初老の男――デリック・カイレイだった。
デリックは、魔法教官としてギルドに籍を置きつつも、
現役の帝国軍大尉として前線の術式開発にも携わる人物だ。
無愛想で知られたその男は、無駄な前置きもなく切り込んでくる。
「君がレイ・フィネアか?」
「ああ…そうだが。」
レイは警戒を崩さぬまま、デリックに視線を向けている。
「魔法の練習、少し見させてもらった。……が、あの進め方は非効率だ」
レイは眉を動かしつつも、口を閉じたまま耳を傾けた。
「魔法を複合させるっていうのは、ただ詠唱や構文を繋げる話じゃない。
論理を構築し直すことだ。君が今やっているのは、単なる構文の連結にすぎない」
淡々と、しかし核心を突く口調。
「魔法とは組み立てだ。術式の性質を読み取り、魔力の流れを読み替えて、
最終的な効果までを統合する。それを知らずに第四位階を扱うのは無謀だ」
レイは短く息を吐き、視線を手元のメモに戻す。その言葉は――的確だった。
レイは無言で頷いた。言っていることは理解できる。
だが、それを自分の感覚と手法にどう落とし込むか――そこが難しい。
その沈黙を、デリックは肯定と受け取ったのか、軽く頷き返す。
「……教えてやるよ。
いや、正確には“見せる”と言うべきかな。
君とは、ただの指導じゃなく、対話ができそうだからな」
その日を境に、理論の共同実験者として、ふたりの関係は歩み始めた。
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