宇宙異文化交流記

@banme

第1話

つい数年前に発足された異星対応局で外交官に任命されたミヤベ=イツキが初めて担当した星は工業星ラングだった。

ラングは星全体が乗用機械を生産する工場であり、星自体が人工知能を有するロボットでもあった。

ミヤベはクラグ人のタゥ=ラシュ=グルに工業星ラングについてレクチャーを受けていた。


タゥは巨大なアメーバの様な体を水槽から伸ばし、ミヤベの用意したコーラを包み込む様にして摂取した。

タゥは体を震わせ、翻訳機はその震えを日本語に変換した。

「惑星ラングは利害のみで相手を判断するため非常に分かりやすいです。

地球の様な異文化に慣れていない星でも安心して付き合える星と言えます。

それに彼らの機械は非常に素晴らしいです。」

「私なりにも事前に調べたのですが、惑星ラングの機械は本当に素晴らしいですね。

例えばこの宇宙船は地球から惑星クラグまでたったの2日で着いてしまうのですから。」

ミヤベは、一口で自分の家の湯船ほどのコーラを飲み込むタゥに恐怖を覚えた。

・・・異星人が紳士的でよかった。

「しかもコスパが素晴らしいです。

このクラスの宇宙船を買おうとしたら他の星であれば200万リャン(星間連合加盟国で最も信用されている仮想通貨)では下らないでしょう。素晴らしい星を紹介していただき本当にありがとうございます。」

タゥは体をブルブルと震わせた。

最近分かってきたがこの震わせ方は肯定的な意味を持つらしい。

「ところで1つ気になることが。」

「なんでですか?。」

「惑星ラングは人工知能を搭載したロボットを工場内で動かして、製品を作っているそうですがこれらのロボットに人格はあるのでしょうか。」

「当然、有しています。そうで無ければ効率的に新しい発想を生む事が出来ませんから。」

「では彼らに人権は有りますか?」

「ありません。そもそも惑星ラングが無人星になったのも人権を有するラング人を使うと生産性が落ちるからなのでロボットに人権を与えると本末転倒です。」

「それは少々まずいですね。擬人化病の被害が出るかも知れません。」

擬人化病とは価値観が違う相手に対して自分と同じ価値観を持っていると思い込んで接してしまう地球人の特性を指す言葉である。

相手が自分と同じ価値観を有していると考える事は地球人同士であれば関係を円滑にする事が多いが、生態や構造の違う異星人達と接する上では大きな障害となるので精神病の一つとして扱われる様になった。

なお、正式名称は自他境界失調症。

「確かにその可能性はあります。では情報統制を行い、惑星ラングの情報はごく一部の者にのみ与える事としましょう。」

「クラグが情報統制を敷けば、技術的には情報が漏れる事は無いでしょう。しかし私の国にはこの様な言葉があります。『人の口に扉は建てられぬ』」


綿密な準備のおかげで惑星ラングとの協議は滞りなく進み、ラングとの交易が始まった。

惑星ラングへの原料の輸出やラング製の乗り物による流通の高速化により地球は大きな利益を得た。

ある時、最大手輸出会社であるアークマテリアル社の代表取締役ミレナ=クヴァルツが惑星ラングへ現場視察を行うこととなった。

ラングからの熱い要望もあり、厳しい審査や多くの講習を受ける事を条件に入星が許された。

ミレナは現場を把握することでより顧客の求める商品を提供することが出来ると期待に胸を膨らませていた。

ミレナだけでなく、このビジネスに関わった全ての者は利益のためという前提があるものの、共栄に向けて前向きに取り組んでいた。

しかしミレナを待ち受けていた現実は予想だにしないものだった。

惑星ラングで働いているロボットは人間だったのだ。

正確には人間によく似た有機ロボットだが、ミレナにとっては人格のある人型の有機物は人間だった。

動揺した彼女の誤解を解こうと接待用有機ロボットが必死に人間との違いを説明したが、それは逆効果だった。

地球人よりもはるかに寿命が短い事、成熟した体で生まれ、食事と睡眠以外の時間を全て労働に費やすこ事、彼らの食事は壊れた有機ロボットをリサイクルしたものである事、身体が損壊しても完全に機能が停止するまで働き続けれる事、そしてそれらに疑問を持たず、ラング製品の製造に一生を捧げる事に喜びを持つ様にプログラムされていること。

ミレナにトラウマを与え、その後の仕事に支障をきたした事から惑星ラングは彼女に莫大な損害賠償を払った。


「タゥさんラング製品の不買運動のニュースを聞きましたか?」

「聞きました。この規模の不買運動であればラングから苦情が事もないです。」

「惑星ラングをサイバー攻撃出来るほどの技術力が無くて幸運でした。もし惑星規模の工場が止まってしまえばそれが数秒でも地球では払いきれないほどの賠償金が発生しますから。」

「しかし生物ですら無い有機体に同情するなんて、私には理解する事が難しいです。」

そう言ってタゥは体を震わせた。

最近分かってきたがこの震わせ方は否定的な意味を持つらしい。

「私達は動物の様に見える物が酷使されていると可哀想だと感じるのです。」

「しかし地球人は自分の利益だけを求め同じ地球人を死ぬまで働かせる事もあります。生物ですら無い存在を労る地球人と同族を喜んで殺す地球人。地球人には何種類もいるのでしょうか?」

ミヤベはこれまでの経験からこの答えはタゥとの関係に大きく関係すると感じた。

そして少し間を空けてゆっくりと答えた。

「地球人の性格は少しのきっかけで変わるものなのです。今は弱者を労る世論であった為、不買運動が起こったのでしょう。これが人権よりも利益を重んじる世論であれば有機ロボットの輸入を始めていたでしょう。」

タゥはじっとしてミヤベの話を聞き入っている。

「地球人は今、異星人という自分達の持っていた価値観をひっくり返すほど大きな存在に出会いました。地球人達は自分達の世界を一変させてしまった異星人達をどの様に捉えるべきか考えています。地球人達が異星人達を憎む様になるか、異星人を友と呼ぶ様になるかはほんの小さな出来事で変わるでしょう。」

ミヤベはまっすぐタゥの目を見て、(実際にはタゥに目があるのかも分からなかったので適当な場所を見て)続けた。

「私はクラグ人や他の異星人達と友でありたい。せっかくこの宇宙で一人ぼっちでない事が分かったのだから憎み合いたく無いと思っています。私と共に地球人を異星人の敵ではなく友にしてくれますか?」

クラグはブルブルと震えて答えた。

「なぜ地球ほどの文化水準を持っている星を誰も開星にしようとしなかったのか分かりました。友にも悪魔にもなりうる人達の後見人になるのは大きな博打ですから。しかしそれと同時に地球を開星にしたのが惑星クラグである事を、あなた達と共に働ける事を誇りに思います。ぜひ地球人が異星人を友と呼ぶきっかけとなりましょう。」

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