ロベリアの咲く頃に

@menochan

憧憬はいつまでも

プロローグ 貧民窟の日常

「ちっ、お前も懲りねぇなぁ…何度やってもおんなじだってのによぉ」



 ぼぎっと言う鈍い音が響き渡り、空中に鮮血が舞い散る。遅れて、吹き飛んだ華奢な体躯の15ばかりの少年が、地面に頭から激突した。すでに満身創痍であることは一目瞭然だが、その目に宿す光は消えず、寧ろ勢いを増していた。


 生きるか死ぬかの瀬戸際に追いやられた獣は、最後の最後で凄まじい力を発揮すると言うが、今の少年はそういった状態にあるのかもしれない。曲がってはいけない方向に曲がってしまった腕をかばうこともせず、ふらりと立ち上がり息を荒げながら店先に置かれた肉に視線を固定した。




「これは大事な商品なんだ。金も払わねぇコソ泥にくれてやるわけがねぇだろうがっ‼」


「ぐぅあっ‼」




 その少年の姿が癪に障ったのか、筋骨隆々と形容するにふさわしいスキンヘッドの男が、少年の鳩尾に重たい蹴りを放った。


 少年の目に宿っていた光は一瞬にして濁り、吐血しながら、またも大きく後ろに吹き飛んだ。ドシャッと雨上がりで泥濘んだ地面に倒れ込む。瞳孔は俄に開き、まぶたが力なく半開きになる。


 おおよそもう生きているようには見えないが、微かにだが呼吸はしている。ぽつり、と、少年の顔に雨粒が落ちた。先刻止んだばかりの雨は、またこの街をぬらすだろう。


 少年の頬を伝う滴が何かは、もう分からない。

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