因習村の「かいな様」

梅津裕一

第1話  学園


 陽介は落ち着かなげにあたりを見渡した。


 そこそこの広さのある、木造の古びた教室である。


 もともとは中学生くらいの生徒たちが使っていたのだろう。


 机や椅子のサイズは特に違和感はないが、問題は座席に座っている面々だ。


 まだ小学校の高学年とおぼしき子どもから、すでに二十歳近いと思われる青年まで、さまざまな年代の生徒たちがそれぞれ席に座っている。


 男女比はほぼ同じくらいだが、彼らの着ている制服はばらばらだった。

 私服姿のものもそこそこ混じっている。


「当たり前だけど、いかにも寄せ集めって感じだよなあ」


 隣の席に座っていた同年代の少年が、いきなり声をかけてきた。


 「こんなところ」にくるわりには、なかなか社交的な相手のようだ。


「あ、俺、田中聖夜っていうんだ。聖夜は聖なる夜って書いて、聖夜。典型的なキラキラネームだよ」


 顔立ちの整ったそこそこのイケメンだが、顔にはややニキビが目立つ少年だった。


「え、えっと……俺は橘陽介。太陽の陽に、介って書いてヨウスケ」


「いいなあ。まともな名前で」


 聖夜と名乗った相手は心底、羨ましそうに言った。


「まともっていうか、普通すぎる名前だよ」


「それがいいんじゃん。俺なんて名字が田中なのに、名前が聖夜だぜ? クリスマスに生まれたってんならともかく、なんの関係もない八月生まれだし」


 普通の学校に通っていた頃から、陽介のまわりにも変わった名前で悩んでいる生徒はそこそこいた。


 名前だけでいじめられているものもいたのだから、名付けた親は自分の子どもが将来、どんな目にあうか想像できなかったのか、と怒りさえ覚えたものだ。


 ただそんな生徒の味方をしたら自分まで虐められ、学校にうんざりして不登校になったあげく、こんな奇怪なフリースクールにやってくることになるとは夢にも思わなかったが。


 そのとき、チャイムが鳴った。

 やや遅れて一人の長身の男が入ってくる。


 歳の頃は二十代なかばといったところだろうか。


 女子がざわめいたがそれも無理はない。

 めったに見ないような、端麗な顔立ちをしているのだ。


 肌は白く、まるで女性が男装をしているかのように顔立ちは整っていた。


「ええ、みなさん。はじめまして。なかには緊張をしている人もいるかとは思いますが、当フリースクールは最低限のルールさえ守れば、わりと自由に学園生活を謳歌できるようになっています」


 本当だろうか、と陽介は思った。


 こんな辺鄙な田舎の村の廃校を改造したとおぼしき、一歩間違えれば監獄のような校舎でこれからしばらく暮すことになるのだ。


「みなさんがさまざまな事情を抱えてここにきたのはスタッフもみな知っています。ですが彼らは傷ついたみなさんの心に配慮しつつ、快適な生活を送れるように訓練されたものたちばかりです」


 そこで、男は思い出したように言った。


「おっと、自己紹介が遅れてしまいました。私は当フリースクールの校長であり、みなさんの担任でもある、印修要と申します」


 印修という珍しい姓を聞いて、教室のなかがわずかにどよめいた。


 このフリースクールは伝統ある財閥系の企業集団、印修グループが経営しているというのがウリなのである。


 印修グループは戦後の財閥解体でもあまりダメージはうけなかったという。

 GHQとも深いかかわりがあったらしいが、真相は闇の中だ。


 ただ印修グループといえば、現代日本では政財界すべてに強い影響力を持つ巨大企業群として知られていた。


 陽介がこの山の奥のフリースクールに送られたのも、印修グループが関わっているというのも大きい。


 しかも文部科学省推薦なのだから、その倍率は百倍を超えていた。


 いまこの廃校の教室にいるものは、みなその選抜を通り抜けたものばかりである。


「あの、先生」


 一人の女子が手をあげた。


 かなり顔立ちが整った少女だ。

 陽介よりはわずかに歳上に感じられる。


 いかにも知的な広い額と、長いさらさらした黒髪が特徴的だった。


「ここで授業をうけるのは想像がつきますが、食事や睡眠、それと入浴などはどうなるのでしょうか」


「ええと……黒宮玲香さんですね」


 印修が名前を確認した。


「とても良い質問です。食事は専門のスタッフが調理したものが、一日三食、提供されます。入浴は専門の車で行ってもらいます。小さな湯船もありますが、こちらはシャワーが基本となりますね。そして睡眠ですが……」


 咳払いをすると印修が続けた。


「この校舎の教室に、男女とも別にそれぞれ集まってもらい、そこで就寝という形になります」


 さすがにあたりがざわめいた。


「え。プライバシーとかどうなんの?」

「男女別々になって、雑魚寝しろってこと? 嘘でしょ?」


 みな困惑しているようだが、それは陽介も同じだった。


 たまにイベントなどでやるぶんにはむしろ楽しい思い出になるかもしれない。


 しかしこのフリースクールは、かなりの長期にわたって滞在することになるのだ。


「なかには不満に思う人もいるかも知れませんが、当学園は社会性、協調性も育むための場所でもあります。いくらフリースクールといっても、なにをやってもいいというわけではありません。一般の学校にくらべればかなりゆるいものですが、ここにもルールは当然、存在します」


「あのー」


 へらへらした男子が手をあげた。


「もし、そのルールを破ったらどうなるんですか?」


「当然、しかるべき懲罰をうけてもらいます。当学園には拘束具を備えた懲罰房も用意されていますので」


 なんだか雲行きがおかしくなってきた。


 自然に囲まれた気楽なフリースクール、というのとはわけが違うらしい。


「まあ、ちょっとみなさんをひかせてしまったかもしれませんが、喧嘩をして相手に重症を負わせるとか、そういうことでもしない限りは懲罰は行いませんのでご安心ください」


 印修は笑っていたが、なんとなく陽介はうさんくさいものを感じた。


 そもそもここがどこなのか、正確な位置もわからないのだ。


 日本国内なのは確かだが、中部地方のどこか、くらいしか情報がない。


 ここにくるまで乗ってきたバスも、途中から道路標識もないような山道を何時間も彷徨っていた。


 いま考えればここがどこかわからないようにしていたのかもしれない。


 スマホなどの通信機器はすべてとりあげられている。


「とりあえず、今日、八月一日から月末までが一種の『お試し期間』だと考えてください。もしここがあわない、という人は月末に退園することができますがね」

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