第3話 気味の悪い医者

妹は病室で語る私を見て、よく知った苦笑いをする。

まぁ、待ってくれ。この話はもうクライマックスだから。

大きなため息混じりに私は話し始めた。

この癖は妹に注意されても、どうも直らない。


父と母が生きているとはこの時知らなかった。少なくとも当時の私の目には死んでいるようにしか見えなかった。

だから、私はこのショーの舞台上に足を踏み出そうとした。

しかし、私の服の袖を少し摘まむ人間がいた。

観客だ、ただ観てるだけの傍観者だ。

私に目で、足で、心で語りかけてきた。

やめろ、引っ込め、と

私はその真面目な観客との対話を放棄し、

奴と対面した。


ここからは先はよく覚えている。


私は瞳孔に移る火の色と見分けがつかなくなるぐらいに目全体を真っ赤に染め上げていた。


どうしてだ、何の理由があってこんなことをするんだ。


「…これからのあなたと私の対話には必要ないからです。」


火のせいだろうか、頭部に熱が籠り始めた。

苦しかったが、私は出来るだけ丁寧に対話を続けることにした。


…何の話だ。


「貴方、私の子供になってくれませんか?」


私は眉をハの字に上げ口角を緩くし目を真ん丸にし、要は驚いてしまった。


「成る程、あなたはそうなのですね。

…では説明します。

我々は繁殖を目的にこの地に降り立ちました。

繁殖の方法をこの場所の童話になぞらえるのなら、

吸血鬼が血を啜って人間を眷属にする様なものです。

我々は生殖器を用いてあなた方を我々にします。」


は?


「…?何で驚くんですか?」


体が硬直した。


「あなたは理解力が足りないようだ。

貴方の妹は正しく理解し、恐怖を覚え、体を我々に差し出してくれたと言うのに、とっても不思議だ。

同じ環境で育ってもここまで違うものなのですね。」


腕に、足に、全身に、行き場の失った怒りがほとばしり、筋肉を収縮させる。


「…まぁいいか、これ以上の対話は必要有りませんね。たった今、条件は整った。」


私はこの時初めて自身の置かれてる現状に目を向けた。

熱の籠らない眼はこの体の硬直は怒りによるものではないのだと、教えてくれる。

動かすことが出来ないのだ。

指先まで私の体はコンクリートの中に居るのか、と錯覚してしまうまでに体が硬い。


「では貴方はこのまま連れていきます。」


医者の体が発光し始める。


光から現れた姿は、今日見た化け物と同じ様に顔が鱗でおおわれている。

ただ違うのはワイヤーに似た尻尾のようなものが光と共に化け物の周囲を旋回していることだった。


私はそいつが何かを唱えようとした瞬間に無理矢理体を動かし、そいつと共に燃えている家の中に飛び込んだ。


考え無しだったよ、いつもの事だが。


私は直ぐ様化け物を滅多打ちにしようとしたが、一発与えた後に右腕に巻き付いてきた尻尾が触れて、体の硬直がまた始まった。


こちらから視線を外さないように血走った目を向けてき化け物は問いかけてきた。


「何故だ、どうして貴方は動けた?…っい、やぁ気持ち悪いなぁ。怒りのせいか。

あんた俺に恐怖よりも怒りを感じているからか、だから貴方は動けるのか。」


問いかけているのなら間が抜けている、心の中で私は嘲笑した。

だが、怒りか。

私は自分の中で奴の言葉を反芻する。

奴の言葉を信じるなら、こいつを滅多打ちにするやり方は尻尾に触れずに怒った状態を維持する。


考えている私の様子を全く省みず、奴は尻尾の

先端を私の胸骨の中心に向かって突き刺した。

体が発光し始める。


ぅっ、ラぁああああ!?


「気持ちのよい断末魔ではないね。」


糞みたいなコメントだった。

体は激痛を伝えてきた。

体の芯から端まで徐々に熱が伝わる。

喉が沸騰するように感じた。

頭の中が痛みと怒りでどうにかなったしまいそうだ。

目を赤くした私はいつの間にか横たわっている事に気がついた。


「漸くだ、永かった。漸く僕は君を僕の子に出来る。ムードが欲しかったけど、やっぱりこうなるか」


高らかに両の手を上げて恍惚の表情でよだれを垂らしている男の姿は私には見ていられないものだった。


だが、痛みも引いたから反撃ができる事に気がついた。


私は身体を翻し差し込まれた尻尾を抜き持って奴の右肺目掛けてぶっ刺した。

的確に身体機能を破壊したかったから何度も何度もぶっ刺した。

掴んだ尻尾の先から黄緑色の液体が流れていたから後で手を洗おうと思った。


「…どうして?」


頭に血が昇るこの感覚のせいだろうな、知らんけど。


「…あ、ぁ。そっかぁ。何でそれに気づかなかったんだろう…?」


こいつのなかで持論が固まっているらしい。


「…それじゃ、僕はここまでみたいだから。

(天井を眺めながら)大丈夫想定内だ…

僕は全てを託したのだから。」


奴は再度私を見つめて


「バイバイ、ライ=マシャン。」


私はそれを皮切りにプツン、と頭の電源が落ちてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る