ギャルと俺の協奏曲

ミクラ レイコ

ギャルは俺に作曲を頼む1

「ねー、池本、作曲してよー!」


 明後日から春休みが始まるという日。放課後の教室で、クラスメイトである天音あまね瑠羽るうが甘えるような声で俺に話し掛ける。


「……何度も言ってるだろ。俺はもう音楽活動は辞めたんだよ」



 高校一年生の俺、池本いけもと直哉なおやは、中学生の頃に音楽活動をしていた。といっても、自宅でJ-POPを作曲し、ボカロに歌わせていただけだけれど。

 作品を動画サイトで公開した所、結構な人気となり、俺の活動名である『ドライエック』もそれなりに有名になった。

 でも、高校に入学する直前の春休み、俺は音楽活動を辞めた。その経緯はあまり思い出したくない。



「いや、でもさー、私、四月にある部活動紹介に賭けてるんだよ。池本の曲って、独自性がありながら皆の心にすんなり入るからさ。絶対池本に作曲してほしいんだよー」

「断る」


 天音は、「ちえー」という顔をした後、笑顔で言った。


「まあ、今までも何度かお願いしていて断られてるし、すぐ引き受けてくれるとは思ってないよ。また明日チャレンジするからねー!」

「明日も俺に絡むのか」


 その後、天音は「じゃーねー!」と言って教室を出て行った。俺は、溜息を吐いて椅子から立ち上がる。



 俺は、帰り道を歩きながら天音の姿を思い浮かべた。天音は金髪のストレートロングヘアで、きりっとした大きい目。一言で言うと、美人なギャルだ。

 一方俺は、黒いショートヘアに眼鏡という地味な見た目。いわゆる陰キャだ。

 何故こんな正反対な二人が話すようになったかと言うと、約一か月前に遡る。


     ◆ ◆ ◆


 あの日の昼休み、俺は学校の屋上で一人昼食を取っていた。購買で買ったパンを食べていると、スマホが着信を知らせる。

 電話に出ると、俺の母親の声が聞こえた。話を聞くと、先程音楽芸能事務所から連絡があったらしい。事務所に所属するアーティストに曲を提供してほしいという依頼のようだ。


「断ってくれよ、母さん。俺はもう『ドライエック』としての活動は辞めたんだから」


 俺が溜息を吐いてそう言った時、背後でボトリと音がした。振り返ると、そこには茫然と佇む金髪のギャル。天音瑠羽だ。

 俺は慌てて電話を切った。ボカロPとして活動していた過去を知られたくない。しかし、天音はすぐに目を輝かせて俺の方に近付いて来た。ボトリと落とした自分の弁当を拾うのを忘れずに。


「ねえねえ、池本って、ボカロ曲作ってたの? 同じクラスになって十一か月弱だけど、全然知らなかったよー! しかも、『ドライエック』ってマジ!? 大ファンなんですけど!!」

「あ、ああ、ありがとう……でも、もう活動してないから……」


 俺は、戸惑いながら応えた。まさか、天音が地味な俺の顔を覚えているとは思わなかった。

 そんな俺に、天音はとんでもない事を言う。


「ねえ、良かったら、曲作ってよ。私、軽音楽部に所属してるんだけど、オリジナル曲が無いんだよねー」

「あ……ごめん、商業目的じゃないとしても、俺、もう作曲しないって決めてるから……」

「そうなんだー。じゃあ、明日また勧誘しに来るねー」

「俺の話聞いてた!?」


 その後、天音は毎日のように俺に作曲を頼むようになり、俺が何度断っても諦める事は無かった。


     ◆ ◆ ◆


 そして現在。俺は、帰り道の途中にある喫茶店に足を踏み入れた。カランカランというベルの音が鳴った後、元気な声が店内に響く。


「おー、いらっしゃい、直哉」


 そう言ったのは、俺の親友でクラスメイトの高木たかぎすばる。昴は、この喫茶店でアルバイトをしている。

 ダークブラウンの髪を短く刈った昴は、爽やかなイケメンで、喫茶店の常連客にも人気があるようだ。


「直哉、今日は何にする?」

「いつも通り、チョコレートパフェで」

「オーケー、ちょっと待ってくれ」


 オーダーを取ると、五分もしない内に昴がパフェを持ってきた。


「直哉、店長に休憩していいって言われたから、ちょっと話そうぜ」


 そう言って、昴は俺の向かいの席に腰掛けた。


「最近どうよ、直哉。相変わらず天音さんに絡まれてるのか?」


 昴は、オレンジジュースを一口飲んだ後そう切り出した。


「ああ、相変わらず曲を作ってほしいって言ってきてる。部活動紹介の為に曲を作ってほしいんだと」


 パフェをスプーンで掬いながら俺が答えると、昴はアハハと笑った。


「そうか。まあ、しょうがないよな。部員がたった二人の軽音楽部じゃあ、お前の曲に頼りたくもなるよ」


 そう。軽音楽部には、天音と彼女の親友の二人だけが所属している。そういうわけで、軽音楽部は正式に部活として認められていない。正式には、『軽音楽同好会』だ。確か、部員が五人以上になると部活動として認められるんだったか。

 同好会でも部活動紹介に参加する事が認められているのは、天音達にとって僥倖だろう。


 昴は、不意に真剣な顔になって言葉を続けた。


「……でもさ、直哉。お前、本当にもう作曲しないつもりか?……いや、分かってるよ? お前の中学時代の事も、作曲が簡単な作業じゃないって事も。でも、小学生の頃からお前を見てる身としてはさ、何とも言えない気持ちになるわけよ。作曲している時のお前、生き生きしてたからさ……」


 俺は、口の中のパフェを飲み込むと、目を伏せて言った。


「……もういないんだよ。あの頃の『ドライエック』は」

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