蛮勇皇后烈女伝 ~後宮はバトルコロシアム~

八島清聡

後宮黎明篇

第1話 烈女、いい歳なのでヤンキーを引退して定職につかんと欲す

れつ。おめえ、暁国ぎょうこくの皇帝のところに嫁に行けや」


 うららかな昼下がり――。

 父の突然の申し渡しに、烈は飲んでいた馬乳酒をうっかり噴きそうになった。

 天幕に呼び出されて久しぶりに親の顔を見たと思ったら、まさかの結婚命令である。


 ここは、凶悪なヤクザを集めて蟲毒にして、さらに煮詰めたような蛮族が住まう北の地である。

 烈の父は、那侘弟鼓呼なたでここ氏の族長で阿羅裸汗あららかんという。

 長らく群雄割拠の地であった北方で頭角をあらわし、一代で垂逸国すいいつこくを興した猛者だった。

 比類なき蛮勇で適当に暴れていたら、周囲に担ぎ上げられて気がついたら蛮族の王になっていた。

 しかし、脳筋なので細かいことは気にしなかった。その父の娘に生まれてしまった烈も当然、蛮族の名に恥じない札付きの不良ヤンキーであった。

 烈は物心ついた時から戦場や山野を駆けまわった。

 地元の勢力争いと喧嘩に明け暮れ、パクった軍馬を鉄板やガラス玉でデコり、トゲトゲの装甲車を引き回した。夜な夜な太鼓や銅鑼を打ち鳴らして、舎弟と共に暴走した。

 北の民は普段は放牧や狩猟、農耕に従事し、たまに強盗や略奪にいそしんで平和に暮らしている。

 暴走族の集団をうるせーなと思っていたが、匪賊や家畜泥棒とかち合わせると、もれなく烈がしばいてくれるので助かってもいた。


 烈は驚きながら言った。

「おやっさん、待ってよ。暁国の皇帝にはけんが嫁ぐんじゃなかったの?」

 剣は、烈の三歳下の妹である。南の暁国の乗っ取りを企む母の陰謀によって、妹はかの国の新皇帝との縁談が進んでいる……はずだった。

 阿羅裸汗は軽く舌打ちした。

「それがよお、剣女けんじょはバックレやがったらしい」

「えっ、まさか結婚拒否からの遁走?」

「母ちゃんの話じゃ『剣ゎ~幸せの青い鳥を探しに崑崙山こんろんさんへ行ってきゅんのぉ』とか言って散歩に出てそのまま蒸発した」

「そんなメルヘンだかメンヘラみたいなこと言い出した時点で止めなよ」

 烈は呆れたが、妹の出奔に心当たりがないわけでもなかった。

 剣は不思議ちゃんな性格ながら早熟で、すでに一線を越えた恋人がいた。ポワーンとしているが、もしかしたら異国の皇帝との結婚を嫌がって恋人と駆け落ちしたのかもしれない。

「つーわけで今から剣女を探すのも面倒くせえから、おめえが身代わりで嫁に行け」

「適当すぎでしょ」

 とブーたれつつも、烈は結婚自体が嫌なわけではなかった。むしろ「渡りに船」の気持ちがあった。

 烈は狂暴なヤンキーではあったが、若い娘らしく結婚への憧れはあった。

 父は王なのだし、年頃になれば求婚者が長蛇の列をなすと信じていたが、言い寄ってくる男は一人もおらず密かに残念に思っていたのである。

 烈がモテないのも無理はなかった。

 北の男たちは保守的で、優しく従順であり、キングコブラやマングースを素手で絞め殺して手際よく調理できるような家庭的な女を求めていた。

 烈はコブラやマングースは問題なく瞬殺できたが、家事は嫌いで一切やらないし、性格的にもかなり難があった。

 烈の武勇伝が広まると、「烈女れつじょさまと合体したら最後、頭からバリバリ食われてしまう」というカマキリのメスみたいな扱いになってしまった。

 おもしれー女だけど嫁にするのは無理というネタ枠に入れられて、浮いた話とは無縁の生活を送っていた。


 母が自分を差し置いて妹に縁談を持ってきた時、烈は少なからずショックを受けた。

 妹に先を越されるのはさすがに辛い。

 いっそのこと、好みのイケメンを拉致してきて、反社な父に「俺の娘を嫁にできねえってのか? 烈と結婚しねえなら摩羅を切り落として口に突っ込むぞこの野郎」と恫喝してもらって結婚しようかと考えていた矢先だった。

 烈は決意した。妹の身代わりだろうが政略だろうが、とにかく結婚できるのである。名前も顔も知らない皇帝であっても、このビッグウェーブに乗るしかない。

 ただ相手の年齢が気になった。

 この時代、夫が妻よりも一回りも二回りも歳上の年の差婚は当たり前である。二十歳、三十歳差も珍しくない。

 男からすると嫁は若ければ若いほど勝ち組になれるが、女からすると親とさして歳の変わらない中年男と添わされるわけである。普通にキモいし、ふざけんなであった。

 烈も後妻業や遺産と保険金狙いの殺人には興味がなかったので、くたびれたおっさんや枯れたじいさんと結婚するのは嫌だった。


 ここだけは譲れないとばかりに尋ねた。

「その皇帝とやらは歳は幾つなのよ」

「たぶん七十歳か十七歳だ」

「じいさんと孫くらい年齢幅があるんだけど」

「嫁はいたことねえみたいだからヤングマンだろ」

「歳下かあ~」

 烈は今年で十八になる。皇帝は一つ下だが同年代であるし、未婚ならいいかと思った。

 烈はあっさりすぎるほどあっさりと言った。

「若いならいいよ。結婚する」

「ヤングが決め手かよ」

「そりゃそうだよ。やたらに若い女と結婚したがるキモおじは勘弁だけど、おっさんの気持ちはわからないでもないんだよね。私も男は一秒でも若い方がいいし」

「まあ、正直おめえの結婚なんざどうでもいいんだよ。婿の野郎が皇帝だろうが骨壺だろうが構いやしねえ。俺が求めてんのは、血と殺戮と死体を積み上げて築くトーテムポールよ。あとはナタデココさえありゃいい」

「おやっさんは本当に蛮族の鏡だよね~」

 と妙に感心しながら相槌を打っていると、天幕に国軍兵士という名目のチンピラが駆け込んできた。

「親分、てえへんだ。恵彌夂刕えびちり族のやつらがカチコミにきやがった。若頭が応戦してるが数がパネェ。シマに乱入されて押しまくられている。このままじゃエビどもに羊の毛を全部刈られて奪われちまう。アルパカも盗られちまう」

 チンピラの報告に、阿羅裸汗は飛び上がるように立った。

 よっしゃあ! と嬉しそうに叫んだ。

「ようやく来やがったな、腐れ恵彌夂刕どもが。記念すべき百五十八戦目とくりゃ、今日こそはギタギタにのして激辛チリソースの海に沈めてやる。野郎ども、ついてこいや」

「おっす、お供しやっす!」

 天幕の隅で、酒を飲んだりごろ寝したりしてダラダラしていた子分たちも色めきたっている。


 因縁の敵対部族、恵彌夂刕族の毎度おなじみの襲来である。ここで会ったが百年目……どころか五日ぶりの戦闘であった。農作業がひと段落して暇なのか、敵も遠足に行くような気軽さで襲撃してくるのである。

 子分に激を飛ばしながら、阿羅裸汗は血肉湧き躍る心地にあった。

 恵彌夂刕族とは何年も抗争を続けているが、一進一退でいまだに決着がつかない。北の大地というシマをめぐる仁義なき戦いが、彼の生き甲斐となっていた。

 愛用の蛇矛じゃぼうを掴むと、手下を引き連れて飛び出していった。


 父がウキウキと恵彌夂刕との抗争に繰り出してしまったため、烈は一人になってしまった。

 仕方がないので、今度は母のいる天幕へ向かった。

 元々、暁国皇帝との政略結婚を推し進めているのは母である。結婚するならするで、もっと相手のことを知りたいと思った。


 母の陶支葉とうしようは侍女たちと、男たちが略奪してきた金品の選別や整理をしていた。

 母の前まで行くと烈は神妙に言った。

「おっかさん、おやっさんから聞いたよ。私、剣の代わりに暁国の皇帝と結婚する」

 支葉は意外そうに目を見張った。

「へえ、そうかい。あんたのことだから嫌がるかと思っていた。怒って暴れて家に火をつけることくらいは覚悟していたよ」

 娘の激しい抵抗を予期して、支葉は策を練った。

 自分が言うと反発されると思い、娘の結婚にはまるで興味がない夫をせっついて話をさせたのだった。烈がこんなにも素直に結婚を承諾するとは思わなかった。

「うん、反抗期だったらそうしただろうけど、私ももういい歳だしさ。いつまでも馬鹿やってらんないし、そろそろ落ち着いて定職につこうと思っていたんだよね」

「定職……。あんたは王太女で将軍なんだけどね」

 烈は阿羅裸汗の長女で、垂逸国の後継である。

 このままいけば父のあとを継いで、北の蛮族の王になるはずだった。

 王太女が無職では世間体が悪いので、一応にも国軍に在籍し将軍の地位を持っていた。日々、匪賊や野盗の討伐に明け暮れ、民の生活と安全を守っていることになっている。

 自分たちよりも目立つ悪党どもは潰しているので、あながち間違いでもない。

 父から受け継いだ蛮勇をふるう烈は、その圧倒的な強さと俊敏な動きから明朗快傑野猿常勝めいろうかいけつやえんじょうしょう将軍の号を与えられていた。


 しかし、烈からすると、将軍はともかくとして蛮族の王位はいささか肩の荷が重かった。

 彼女には彼女なりの、理想のライフプランというものがあった。

 烈は言った。

「おやっさんのあとを継いでもいいけどさ~別にバリキャリ志向ってわけでもないんだよね。領土拡大や世界征服に興味はないし、恵彌夂刕族との抗争も面倒だし。私はこんなド田舎の蛮族の王になるより、都会へ出てオシャンティなシティライフを楽しみたい。都会は夜中でもギンギラギンの不夜城なんでしょ。こっちは日が暮れると店が閉まっちゃうからつまらない。おっかさんだって暁の貴族の出なのに、よくこんな辺鄙なところで生活できるよね」

「あたしはこっちの水の方が合っているのさ。きな臭くても自由だし、のびのび好き勝手できるからね」

 支葉は、暁国の弱小貴族である陶家の出身である。

 弱小でも貴族の令嬢として、そこそこの暮らしをしていたのだが、ナタデココを求めて押し入ってきた阿羅裸汗に拉致されて北の地へやってきたのだった。

 そのまま阿羅裸汗の情婦として蛮族の生活に馴染んでしまい、今や立派な極道の女である。

 裏社会の女帝として妓楼や売春宿を三十軒ほど経営し、釣られて来た男たちに因縁をつけてぼったくっていた。

 金が払えない場合は身ぐるみ剥いだ上、イケメンは闇オークションで売り飛ばし、そうでもないのは軍に放り込んで抗争の最前線に投入している。

 表向きは王妃となっているが、周囲からは任侠冷血姐御と呼ばれて恐れられていた。


 烈は信じられないという顔をしながら続けた。

「私は南の流行りの服や靴が気になるし、毎日グルメ&スイーツ三昧したい。皇帝なら金持ちだろうし、おっさんでもないみたいだから、この機会に永久就職しよかなと思って。都へ行って宮殿に住んで、旦那の金で遊んで暮らしたい」

 支葉は娘の単純さに呆れつつも、内心ほくそ笑んだ。

「どこをどう聞いてもアホ丸出しだけど、あんたが乗り気ならそれでいいよ。とっとと輿入れの準備を進めようかね」

「で、私の旦那になるのはどういう人なの?」

「確か皇帝の釣書つりがきが来ているよ」

「皇帝の釣書なんてあるんだ」

「政略結婚は究極の見合いだよ。見合いは条件闘争だからね」

 支葉は暁国から送られてきた釣書を渡した。烈はドキドキしながらそれを開いて読んだ。

 職業欄には「成山王せいざんおうにして驃騎ひょうき大将軍、現職は皇帝」とある。

 皇帝なので年収は申し分なかった。

 城や別荘、直轄地、鉱山や温泉、牧場などの不動産も多数所有している。

 身長・体重も書いてあり、これを見る限り肥満体ではなさそうだった。

 趣味は「釣り、温泉巡り、読書」である。

 好きなタイプ欄は「おそらく巨乳」とだけ書かれていた。

 けっこういいかも……と烈は思った。

「思ってたより優良物件だね」

「物件? 皇帝は不動産じゃないよ。ナマモノだよ」

「釣りに温泉……ジジくさいけどこれはいいや。趣味が酒池肉林や奴隷狩りでもドン引きだしね。巨乳が好きそうなのもポイント高いよ」

「南じゃ巨乳は需要あるからね。あんたは案外気に入られるかもね」

 と、烈の胸元を見ながら支葉は言った。

 烈の全身は鍛えられた鋼の筋肉で覆われ引き締まっているが、胸の辺りは大きく盛り上がっている。ここだけはメロンが丸ごと入ったような見事な豊乳であった。

「とにかくあんたは暁へ行ったら、皇帝をこの乳でがっちりホールドして、バンバンいてこまして子供をボコボコ産むんだよ。他のナオンはしばいて、後宮での地位を固めて宮廷を制圧して、国ごと乗っ取るんだよ」

「え~やっぱり乗っ取らなくちゃだめなの? めんどくさ……」

「娘を後宮に入れるってのに、悪の外戚を目指さない手があるかい。権力を握って専横と暴虐の限りを尽くせないなら、皇帝に嫁がせる意味なんてないよ」

「おっかさんは、悪の外戚って言いたいだけでしょ」

「響きがカッコいいじゃないか、悪の外戚」

「私はもうヤンキーを引退するのに」

 烈は不満そうに唇を尖らせたが、支葉は引かなかった。

「だめだよ。あんたも任侠の娘なんだから、少しは垂逸組の役に立ちな」

「国じゃなくて組なんだ……」

「とはいっても、皇帝をシャブ漬け廃人にはしなくていいよ。あたしは悪党だけど、ヤクと人肉饅頭にだけは手を出さないと心に決めてんだ」

 なんじゃそりゃ……と烈は思ったが、母の悪逆無道の夢は膨らむばかりである。

 とにかく自分は皇帝と結婚して、巨乳で悩殺して子供を産んで、後宮を支配して嫁ぎ先を乗っ取らなくてはいけないらしい。けっこう忙しい。

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