第30話 嫉妬したの?(1)
「こちらに魔力が集められております」
私たちは、普段は決して見ることができない場所を見せてもらっていた。魔力の気配が濃厚にある。魔力が無い私は、魔力を買って供給を受けている側だ。
聖ケスナータリマーガレット第一女子学院にも多くの魔力配達馬車がやってきて配達してくれていた。配達人から直接受け取り、寮の部屋で浴びる。メイドたちはもちろん浴びない。
シャーロットは私とよく一緒にいるので、ついでに浴びてもらっていたが。
私の腰にそっと手を添えた氷の貴公子に身を引き寄せられ、氷の貴公子のふわっとした色香のようなものに包まれて、クラクラとした。
――だめ、集中よ……。
――今は氷の貴公子の魅力に舞い上がっている場合じゃないのよ……。
――621人も亡くなったのよ。「魔力」供給が絶たれていた可能性を調べるの。
私はドキドキする胸のうちを隠して、目に見えない魔力の塊があると思われる巨大倉庫のような建物の中を見つめた。
「ここはエイトレンスの中でも一番大きな倉庫です。富裕層が集まる地域への配達を担いますので、どうしても大きく集めておく必要がございまして」
案内してくれているセントラルハイゲート地域魔術博物館の館長はにこやかに言った。
彼のスーツはテーラーが多く集まるサスート通りで仕立てたに違いない流行のものだ。そのスーツを綺麗に着こなし、髪の毛も短くカットした流行りのヘアスタイルの彼は、額に汗をかいていた。
「あなたには魔力がありますか?」
「ないです」
「では、ここに魔力があるとどうして分かるのでしょう?」
アルベルト王太子が館長に確認をし始めた。
「魔力の気配を感じるけれど、私にも空っぽに見えるわ。ここに実際に魔力があると分かる方法は何でしょう?」
私の質問に、明らかに館長は言葉に窮したように見えた。
「あなたはもしかして、確認する方法は持たずにその職務についているのですか?」
氷の貴公子のブルーの瞳がきらりと光った。
「その……あなたをここの職務に推薦したのはどなたでしょう?」
「私はここで勤め始めてまだ日が浅く、前任者から十分な引き継ぎも受けておらず……」
「ですから、あなたをここの職務に推薦したのはどなたでしょう?」
アルベルト王太子の追求に観念した様子で館長はつぶやいた。
「ガトバン伯爵夫人です」
一気にあたりの空気が薄くなったように思った。
思ってもいない答えだったから。
継母の名前をここで聞くとは思いもよらなかった私はたじろいだ。
「そうだ……方法があるぞ。ヴァランシエンヌ・レース……?」
アルベルト王太子がぼんやりそう言って、胸ポケットの辺りを探った。貴族令嬢が舞踏会で持つような綺麗なレースがついているハンカチを取り出した。
「昔ディアーナが言っていたんだ……これで見ると光の向こうに光が見えると」
――えっ!?
――元婚約者のブランドン公爵令嬢からもらったハンカチをまだお持ちになっているの……?
私は二重の衝撃を受けて、体が固まった。
「魔力」供給を監督する力のない者が継母から推薦されてその職位を得てしまっていたこと。
先ほど結婚の誓約の証だと言って、美しい指輪をくれ、ファーストキスまでした氷の貴公子が、いまだに元婚約者からもらったハンカチを持っていたこと……。
「ない!」
「え?」
「魔力がないんだ。魔力があるならこうは見えないはずだ」
アルベルト王太子の言葉に館長は慌てて腰を抜かしそうになっている。
「でも魔力の気配は濃厚に感じます。私にも見せていただけますか?」
「ほらフローラ、もっと俺にくっついて……見てごらん」
私は後ろから抱き抱えられるようにして、目の前に広げられたハンカチのレース越しに巨大な倉庫を見た。
「普通の空っぽの倉庫に見えますけど……」
「だろ?ここにあるのは魔力の気配を濃厚に漂わせる空気みたいなものだ。魔力ではない」
アルベルト王太子の手が下がった。私はその動きから目が離せず、レース越しに微かに光る場所を見つけた。
「待ってください。ここから見るとレースの向こうに光が見えます」
「そうだ。魔力はこういう風に光ると聞いたんだ」
「では、倉庫の中にはほんの少しの魔力しか残っておらず、他は全て何か別の偽物だということになりますか」
私はポツンと言った。
後ろからアルベルト王太子に抱きしめられている状態なのが、どうしたら良いのかわからない感情になる。
――魔力がない衝撃と、抱き抱えられている衝撃で……どうしたら良いのか分からない。
――でも、なんで自分を振った女性からもらったハンカチをまだ持っているの……?まだ彼女を好きだから?
私はそっとアルベルト王太子の腕のなから自分の体を移動させた。
倉庫の中から出た私たちは興奮していたと思う。
「館長を拘束するしかない。あなたが職位を得た経緯もおかしいが、何よりあるべき魔力がここに無いのはおかしいと考える。あなたへの嫌疑が晴れるまで、あなたを拘束するしかない」
アルベルト王太子は館長にそう言い、お付きの護衛の者たちに合図をした。セントラルハイゲート地域魔術博物館の館長は捕えられて、連れて行かれた。
「配達を止めるしかない状況だ。あるべき魔力がないのだから、異常事態だ。魔力供給はとっくに絶たれている。すぐに国王に報告するしかない。ジャック、手配を頼む。俺は中規模魔術博物館に急いで行く。そこにも同じことが起きていたら、大変なことが起きていることになる」
「わかりました」
ジャックはテキパキと指示を出し始めた。
私は泣きたいような思いで、シャーロットの姿を探した。
心が沈んでいた。
事の大きさにも驚いたが、私は不謹慎にも、こんな事態でも氷の貴公子が元婚約者のモノを今でも大切に持っていることに気持ちが沈んでいたのだ。
――そんな自分がイヤ……。
――今は、そんなことにとらわれている場合ではないのに……。
「フローラ、行こう!」
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