第十七章「憤怒の珠、暴れる群衆」(前半)
十一月二十日、京洛・勧進帳劇場。
冬の気配が忍び寄る京洛。だが、この夜の劇場は異様な熱気に包まれていた。
舞台では、義経と弁慶が対峙する『勧進帳』が演じられ、場内は老若男女の観客でぎっしりと埋まっていた。
その中で、柚葉は静かに息を吸い込む。
「……霊圧が高まってる。蒼翔さん、感じますか?」
「感じる。舞台上からじゃない、観客席の“ど真ん中”から来てる」
「つまり、“見る側”が珠を生み出してる……!」
「観て、怒る? なんだそりゃ――」
「“怒りの同調”です。芝居の感情に自分を重ね、心を震わせ、そして――溜めていた怒りを爆発させる」
柚葉が目を細めたそのとき、舞台上で弁慶が義経を打つ名場面が演じられた。
――その瞬間。
観客席から悲鳴が上がった。
「なぜだ!?」「殿を殴るなど――裏切りだ!」
「仕組まれている!」「この芝居は我々を馬鹿にしている!!」
場内が一気に騒然となった。
立ち上がる者、叫ぶ者、椅子を倒す者――怒りが連鎖し、劇場内は一転して“憤怒”の渦となった。
「出た!」
蒼翔が叫ぶ。
舞台の天井から、黒紫の氣がふわりと垂れ下がる。
「……あの気配、珠の核!」
柚葉の手が封札を握ったその瞬間、舞台袖からもう一人の人影が現れた。
「止まりなさい」
その声に、蒼翔も柚葉も一瞬、目を見張った。
「……侑子!?」
照明に照らされたのは、かつて桂家の筆頭補佐だった侑子。
だがその装束は陰陽部のものではなく、見慣れぬ黒の外法装束。そしてその手には、あの“血判文書”の写しが握られていた。
「この珠は、今この“怒れる民”の力を借りて、芯に導かれるべきもの。貴方たちの手に収まるものではありません」
「……お前、本気で言ってんのか」
蒼翔が低く唸るように言った。
「俺たちは、ここまで“命がけ”で珠を封じてきた。それを――“出世”や“野望”のために使うつもりか?」
「違います!」
侑子の声が震えた。
「私はただ、証明したいのです。桂家は“止まったままの名”ではないと。私が、それを変える原動力になりたかっただけ……!」
「そのために、“怒り”を煽るの?」
柚葉が、きっぱりと断言する。
「侑子さん。私は、あなたに憧れていました。家を支え、私を導いてくれた、その背中を。でも、今あなたがしているのは、“怒り”に負けた行為です」
「……違う。これは――これは、私が“桂家のために”!」
その叫びとともに、珠が揺れ、観客たちの怒号が激しさを増していった。
「くそっ、このままじゃ群衆が暴徒になるぞ!」
「蒼翔さん、いきましょう。“双魂陣”を強制展開します!」
「了解!」
二人の札が宙を裂き、桂狐と蒼鶴が劇場全体に光と風の結界を張る。
だが、そこに侑子の術札が飛来した。
「封じさせないッ――!」
黒い術が風陣を乱し、蒼翔の式がぐらりと揺れる。
「ちっ……邪魔しやがって!」
蒼翔が術の補正を試みるが、珠の怒りと観客の叫びに気が掻き乱されていく。
「柚葉! 一度、主導をお前に! 俺は全力で支援に回る!」
「――了解。絶対に、“怒り”に呑まれさせません!」
舞台の中央、桂狐が尾を広げ、光の鎖を張る。
その刹那、柚葉の瞳が燃えるような意志を灯した。
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