第十五章「強欲の珠、水底に蠢く」(後半)

 ――閃光が走り、瀬田川の水面が大きく跳ねた。

 その瞬間、珠の気配が霧散するように静まり、荒れていた水流がぴたりと収まる。

 石柱の下から、ぼんやりと金と蒼の二重結界が浮かび、その中心に、拳ほどの黒い珠が捕らえられていた。

「封印、完了」

 柚葉が水面を割って顔を出し、小さく息をついた。

 蒼翔もすぐに浮かび上がり、岸に泳ぎついたところで、全身から力を抜くように寝転がった。

「はぁ……死ぬかと思った……」

「気楽に言わないでください……。でも、術式、完璧でした」

「だろ? お前の指示が的確だったからな」

「……違います」

 柚葉は水に濡れたまま、そっと俯いた。

「あなたの風が、私の動きに寄り添ってくれたから。術式が“完成”したのは、あなたが“合わせてくれた”からです」

 蒼翔が横目で彼女を見る。

 頬は少し赤らんでいて、濡れた髪が額に貼りついていた。

「柚葉。……さっき、俺、思ったんだ」

「?」

「お前と術を重ねたとき、もう少しだけ……このままずっと、隣にいたいって。任務とか封印とかじゃなくて、ただ、お前の隣に」

 柚葉の目が大きく見開かれる。

「……それは、“今”だけの感情ですか?」

「違う。“今だけ”じゃなくて、ちゃんと“未来”に繋げたいと思ったんだよ」

 少しの沈黙の後――

 柚葉がふわりと笑った。

「……私も、同じことを言おうと思ってました。でも、言えなくなりました。言われたら、先を越されたみたいで」

「なーんだ、せっかく気取って告白っぽいことしたのに」

「……告白っぽい、じゃなくて、ちゃんと“告白”です」

「じゃあ、お前もちゃんと、してよ」

「……だめです。今日のは、おあいこにしておきます。次に珠を封じたとき――そのとき、言いますから」

 蒼翔は、不服そうに口を尖らせたが、やがて微笑んだ。

「……じゃあ、次を楽しみにしてる」


 その夜、回収された“強欲の珠”は、蒼家の特別封印札に包まれ、結界内に収められた。

 蒼翔は、ふと巻き上げられた札を見つめながら呟いた。

「俺たちの結界は、強い。けど、それ以上に、“続ける覚悟”が要るんだな……」

 桂狐と蒼鶴は、二体の式神として空を駆けた。

 それは、もう一度再確認されたふたりの“絆”のかたち。

 契約の夫婦ではなく、誓いを育て合う“対等な同士”の姿だった。

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