鋼鉄のシュツゥルムドールズ

安藤栞

どこにもいない君のその意志を

どこにもいない君のその意思を:前半

大陸暦1972年4月28日

 もしこれが夢であったならば、どんなに良かったことか。

 そんなことを思いながら、悲鳴とぱちぱちと燃える火花の中、バウンドする人影に交じって、彼女は走っていた。

 飛び跳ねるそれは、それっぽい形の木とか、人形とかではなく、本物の人間だ。

 飛び跳ね、燃えていく人影の中に、見知った友人や家族の顔を見つけて、顔をしかめながら、彼女は走り続けた。


 彼女たちの住む村は今、阿鼻叫喚の地獄になっていた。

 突然に入ってきた三台の戦車とだいたい30名の大人たち。

 食料と寝床を要求してきた彼らに、村長が応対したが「すぐに用意することはできないし、対価がなければ渡せない」と言ったら、すぐに殺された。

 その騒ぎを聞きつけてやってきた3人の大人も、怒り狂って……もはや何かに酔っているとしか言いようのない彼らによってなぶり殺しにされた。


 実際、彼女の観点からみても、無理な要求だったのだ。

 40年続いた大陸統一戦争がたがいに不完全燃焼のまま終わって5年。

 荒れ放題になった畑を立て直して、ようやくまともに作物が育つようになってきたのだ。

 彼らが要求してくる30人が食べるにはあまりに多すぎる食料を作ることなど、あともう5年はかかる。


 最初から、私たちと交渉する気なんてなかったんだ。

 恐怖で震える歯を食いしばって彼女は走った。

 しかし、近くに飛んできた砲弾が爆発し、彼女は跳ね飛ばされた。

 痛みは無かった。

 もはや痛みを感じる精神すら擦り切れてしまったのか。

 しかし、身体は正直で、強烈な反動と共に胃の奥から胃液がせりあがってきて、胃液と共に血が口から吐き出される。


 彼女を助けてくれるはずのモリニア軍は、こなかった。

 挙句の果てに、村を襲った連中の戦車の一つには、モリニア軍の軍章がついているではないか。

 ほとんど全員を殺しきった彼らは、生き残りを見つけては殺すもぐら叩きに興じている。


 どうにか逃げようとしたとき、彼女の足元から、絶望的なほどよく響く音が聞こえた。

 何かを踏んだのか、木の枝か、人骨か。

 これがもし、友達同士のかくれんぼであれば、終わった後の雑談のネタにもされない些細なミスであったが、これは命を懸けたかくれんぼであった。

「見つけたぞ、ここだ!!」

「そんな……ヤダ……」

 死にたくない。

 彼女は、生まれて初めて感じる死の恐怖に震えながら、男たちの向ける銃口を見つめた。

 そのときだった。空から、甲高いジェットの音が聞こえたのは。


 この大陸において、ジェットを用いて移動する兵器は一種類しか存在しない。

 半世紀前に現れ、戦争の歴史を変えた、最強のヒト型機動兵器――TDティターン・ドールだ。

 長距離飛行用の追加ブースターを切り離し、彼女の上に跨るように降り立ったそれは、まるでおとぎ話に出てくる騎士の甲冑のような白い装甲に身を固めた、全長10メートルの巨人であった。

 彼女を追い詰めていた男たちの前にも、動揺が広がっている。

「TDだと⁉どういうことだ!本隊が囮をするんじゃなかったか?」

「分かりませんよ!!それより、早く戦車を!TDになんか勝てるわけがない!!」


 彼らが、大きなバックパックのような通信機に取り付けられたマイクを掲げたとき、爆風が彼らを襲った。

 爆風の元には、頭上のそれと全く同じ形のTDが降り立っており、何者かに容赦のない銃撃を浴びせている。

 逆側にも、もう一機。

『こちら、サイレン9。生存者発見。これより救助に入る』

 頭上のTDから若い女性――というよりも少女に近い声が聞こえ、すぐに地面にへたり込んだままの彼女の視界は鋼鉄の壁によって阻まれた。

 TDがベイル(TD用の防御装備。予備弾倉や装備を取り付けるアタッチメントが存在する物を指す)を落として壁を作ったことに気づいたころには、TDは壁の向こう側におり、他の2機と同じ様に手に持った小ぶりな(それでも人間に比べればはるかに大きい)機関銃を掃射し、カタカタという軽快な音を響かせている。


 そうして、どのくらいたっただろう。

 機関銃の音も、悲鳴も、火事の音も。

すべて聞こえなくなるまで、彼女は即席の壁の傍でうずくまっていた。

 こんなのは夢だと、目が覚めれば父さんも母さんもいて、友達が「学校に行こう」と呼んでくれる。そう祈りながら。

 彼女を祈りの形をした逃避から現実に引き戻したのは、靴が地面を踏みしめる音だった。

 顔を上げた彼女の視界に映ったのは、膝立ちの姿勢になった3体の白いTDと、その足元に座っている2人の軍人。

 そして、目の前に立っている、先ほどの2人と同じ服を着た、1人の少女。


 本当に、小柄な少女だった。

 年は、自分よりも低いだろう。もしかしたら、まだ高校生でもないかもしれない。

 くすんだ金色……いや、掘り出したばっかりのじゃがいもみたいな色をした肩まで届かない髪の先端を頼りなさげに弄りながら、私を見つめていた。

「ぁあっ、そのっ、大丈夫、ですか……」

ベイルを落としてしまって、すみません。見たくないかもしれなかったかもって、余計なお世話だったかも、しれなくて……」


 嗚呼、なんて情けない。

 さっきまで悲鳴を上げたりしながら逃げ回った挙句、こんな年端もいかない少女に助けられたのか。

「名前は?……貴方の、名前」

 自分はどうなるのだろう。

 そんなことを考えることも、目の前の彼女にかけるべき言葉を考えることも、すべて億劫になって、それだけ言って彼女は意識を手放した。

「わ、わたしの、名前は……アオイ。アオイ・モーントシャインです」

 少女の名乗りを、最後まで聞くことはできなかった。

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