第3話:静かなる監視者

 モニターの光が、部屋の隅に積み上げられた金属片の山を、不気味な影に染めていた。無骨な椅子に背を預け、一人の女が複数のモニターに映る映像を見つめていた。十数台の監視カメラ映像が無音のまま次々と切り替わり、その一つが廃材再生処理場の映像を映し出している。

 スレンダーな体つきに艶のない長い黒髪。どこか冷たくも整った横顔。その姿には、常に何歩も先を読んでいるような余裕が漂っていた。感情をあまり表に出すことなく、静かに状況を見極める目だけが鋭く光っている。


 機械の排気音だけが響く中、女は世界の端を一つ一つ消し去っていく。消えた影は二度と戻らない。だが、誰もその空白に気づかない。それはまるで、風が吹いて葉が落ちるような自然な現象のように――誰の記憶にも、世界の真実にも、跡形もなく消えていく。見えない糸を手繰り、静かに世界を書き換える。誰かの存在を消すことは、決して終わりではなく、新たな始まりだと信じている。


 映像の一つに、少年がいた。埃と油にまみれた作業着を着て、作業の合間にふと手を止め、誰かの不在を確かめるように辺りを見回していた。


 「やっぱり…気づき始めてるみたいね」

 女は小さく呟いた。

 数日前の映像で少年の隣に映っていた青年は、最新の記録から忽然と姿を消していた。勤怠記録、作業ログ、DNAスキャン……全てが最初から存在していなかったかのように綺麗に消えていた。彼の名前も、記録も、同僚の記憶からさえも。

 女は端末に、外部とは接続されていない独自の記録デバイスを接続した。そこに保存されているのは、通常の記録では補足できない“異常”の痕跡。映像には、少年と青年が確かに一緒に働いていた姿が映っていた。青年が笑いながら、少年と話をしている他愛のない記録。

 「……なのに、世界は彼の存在ごと書き換えた」

 誰かが消えるたびに、その人の痕跡は完璧に“なかったこと”になる。まるで最初から存在しなかったかのように。


 だがあの少年だけは──その“消された人間”の不在に、違和感を覚えていた。

 「あの子はやっぱり…」


 それ以上のことは言えなかった。まだ断定はできない。だが、普通の人間ならこうも早く消失に気づくことはない。モニターの片隅に、もう一つの映像が浮かび上がっていた。時系列の歪んだ記録。今の世界には存在しないはずの光景。


 ふと、モニターの映像が微かに揺れ、そこに映る人物の輪郭がゆっくりとぼやけていく。まるで霧が溶けるように、身体が薄くなり、次第に光を失い、やがて空気の中へと溶け込むように消えていった。映像の中の「彼」は、確かにそこに存在していたはずなのに、目の前からまるで最初から存在しなかったかのように消え去った。


 女は手元の端末に目を落とした。微かなノイズの向こうから声が断片的に届く。

「対象を確認。準備完了」

それは女の声に酷似していた。

「了解。では、始める」

女は冷ややかな微笑みを浮かべ、消えていった者のいた場所をじっと見つめる。

「終わらせるべきものは、終わらせる——それが私の役目」


あの少年が気づくはずがない。

彼はまだ、世界の裏側を見抜くには幼すぎる。

この歪みを、私の存在を察知することなど、ありえないのだ。


静かなる監視者は、世界の闇にまた手を伸ばした。


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