第5話
「僕もシャワー浴びてくるね」と言い残し、氷室は俺を一人部屋に残していった。少々不用心ではなかろうか。
何もすることがなくなり、急に緊張が沸き上がってきた。心臓がバクバクいっている。
そういえば、やり方を調べないと。震える手で慌ててスマホを取り出し、それっぽいワードを並べた。健全な男子高校生なのでそういう映像は人並みに見たことがある。しかし悲しいかな恋愛経験皆無なのできちんとしたやり方のようなものは知らないのだ。
一番信頼の置けそうなサイトを熱心に読み込んでいると、氷室が入ってきた。
「おまたせー」
「お、おう」
ついに、ついに。まさかこんなに慌ただしく、しかもこんなシチュエーションと相手で人生においてそこそこ重大なイベントを迎えるとは想像していなかったが。
人生とは案外そんなものなのか。俺が夢を見すぎなのかもしれない。
「じゃあ、始めようか」
軽いな。そういうテンションなんだ。まあ恋人でも何でもない男同士だしそんなものか?
「やり方わかる?」
「今調べた......」
「え、真面目だ」
何がおかしいのか、氷室は俯いて無邪気にクスクスと笑った。
そして顔を上げたとき、体育倉庫で見たような表情になっていた。
思わず息を飲む。
氷室は妖艶さを纏ったまま、流れるような動作で電気を消した。元々カーテンは閉じられていたので、部屋はかなり薄暗くなる。
「さ、好きにしていいよ」
好きにしていいよ、と言う割には主導権はずっと向こうにあった気がする。服をきちんと脱がそうとすると、「着たままでいいよ、そっちの方が興奮するでしょ」と半端な所で手を外され、前を触ろうとしたら「僕後ろだけでイけるの、試してみて」と躱された。
気持ちよさそうな反応はしてくれるが、余裕をなくす様子もない。いや、これに関しては俺が上手くない所為だろうが。
服を着たままというのは、結果的には悪くなかった。動く度に覗く肌が煽情的だ。外見がぱっと見中性的であるが故に、チラチラと筋張った腕と脚や硬い腹と胸元が見えるのがなんとも言えず色っぽい。
しかし前は正直触りたかった。自分以外のものをまじまじ見たり触ったりする機会はそうない。もちろん本人にそのつもりがないなら無理強いはしないが。
満足感と倦怠感を抱えてベットに寝ころび、そんなことを取り留めもなく考える。もちろん総合的に考えて、とても良かった。やはり一人でするのとはわけが違う。
「おまたせ。シャワー次いいよ」
「あ、うん」
氷室は家に来たときの気安い感じに戻っていた。
なんとも現実感がないままシャワーを借り、リビングに戻るとお茶を汲んで待っていてくれている。
「あ、悪い......」
氷室は昼休みと合わせて二度も事に及んでいるわけだが、体は大丈夫なのだろうか。お茶を受け取りながら尋ねると、「慣れてるから平気」と言われた。
「いつもこんな感じなの」
「さすがに学校では滅多にやらないよ。でもあれだね、たまにはスリルがあって興奮する」
「スリルって......」
いつか退学になりそうだな......と思いながらお礼を言ってお茶に口をつけた。
「ねえ、またお願いしてもいい?」
「は? 何を?」
「決まってんじゃん」
氷室は挑戦的な笑みを浮かべる。顔に熱が集まるのに気が付いて、誤魔化すようにお茶を流し込んだ。なんというか、油断ならない男だ。
「別に、いいけど」
何度も言うようだが俺も健全な男子高校生なわけで。それにこの掴みどころのない男に興味があるのも事実だった。
「学校ではさ、知らんぷりしてたほうがいいわけ?」
「え? 僕と寝たこと?」
「そっちは言うわけないだろ! ......たださ、こう、俺たちが知り合いというか」
「知り合いなのはみんな知ってるでしょ。帰る前にそこそこ目立っちゃったし、知らない振りしてる方が不自然だと思うけど」
「あ、そうか......」
直前の出来事が強烈すぎて忘れていた。というか教室に居たのがものすごく前のことに感じる。友人たちよ、俺は一足先に卒業したぞ。......あれ、でも次そういう話になったらどう言おう。相手とか時期とか根掘り葉掘り聞かれるだろうし。まぁ正直に言う必要もないんだけど。
「まぁ、一緒に帰って仲良くなりました、ってことでいいか」
「とても仲良くなれそうな奴じゃなかったから、今後関わることはないでしょう、でもいいんだよ」
なんだそれ、と笑って返そうとして目を向けた氷室の顔は、なんだか寂し気で。
「明日、昼一緒に食わねぇ?」
と気が付いたら言っていた。
「え」
「あ、いや。先約があるとか一人で食べたいとかだったら、別にいいけど」
「ううん、食べる。食べたい」
今日一日だけで、氷室の色々な笑顔を見た。でもそのときの笑顔は今まで見たどれとも違う、柔らかなものだった。
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