リフレイン・アカデミア ―音楽が紡ぐ秘密の共鳴―
mynameis愛
第一章『転入と止まらない雑踏』(00)
西暦2125年、春。冷たくも澄んだ潮風が、人工島〈瑞鳴島〉の港を滑るように駆け抜けていた。
朝の陽光が校舎群の外壁を照らす。金属とガラスを織り交ぜた近未来的な学園施設が、まるで巨大な楽器のように海の反響を受けて微かに振動している。
星唱学園——中等部から高等部までを擁する、音響共鳴型の異能教育校。
その正門前で、ひとりの転入生が足を止めた。
「……でけえな……まじで、ここが俺の新しい学び舎か」
亮太は、やや広めのパーカーのポケットに手を突っ込んだまま、重たげなキャリーバッグの車輪を鳴らしながら、校舎を仰いだ。片耳にだけはめた小さなインカム型デバイスが、彼の周囲の環境音を細かく記録している。
機械の音、波の音、通り過ぎる生徒たちのざわめき。すべてが彼にとっては“素材”だ。
「亮太さん?」
そのとき、背後から掛けられた声に、亮太は肩をわずかにすくめた。振り返ると、年の近そうな少女が小さく手を振っている。長い黒髪を三つ編みにまとめ、制服のスカートの裾をひらひらと揺らしていた。
「わ、当たりだ。転入生っぽい顔してたから声かけてみたの」
「……顔で判断されたの、初めてだ」
「そっか。なら新記録だね!」
屈託のない笑顔で笑う彼女の口調には、どこか人懐っこい圧があった。
「わたし、瑚都。中等部からの持ち上がり。今は高等部一年。あなたは?」
「……大森亮太。機械とか、音響装置とかいじるのが好き。転入は今朝が初」
「よろしくね、亮太。案内するよ。うん、うちの学園ちょっと変だから、誰かいないと迷子になるし」
「ありがたく、お言葉に甘えるよ」
亮太はそっけない口調の裏に、少しだけ助け舟が嬉しかったという感情を隠した。
だが次の瞬間、遠くから小さな子どもが泣き叫ぶ声が響いた。港湾エリアの方角だ。悲鳴のような、割れた音色だった。
「……あれは、ただの叫び声じゃない」
亮太の耳がピクリと動いた。自作のサウンドセンサーが警告を発している。
「近くに……異常エコー発生……?」
そう呟いた瞬間、瑚都はバッグをその場に置いて、駆け出した。
「来て!」
反射的に追いかける亮太。彼女は校舎脇の通路を抜け、港区に面した道路へ飛び出す。
そこには、全身を異様に振動させる黒い球体——暴走〈ノイズ〉が浮いていた。
風を切るような耳障りな振動と、子どもの泣き声。脳髄を直に震わせる音圧に、亮太の脚が止まりかける。
だが、瑚都は止まらなかった。制服の胸ポケットから小型のボイスピースを取り出し、口元にあてる。
「行くよ……」
と、その一言のあと——彼女は歌い出した。
風の中に、芯のあるアルトの響きが広がった。地面の砂利が揺れ、空気が一瞬だけ澄んだように感じた。
〈ノイズ〉の動きが鈍る。
「……これは……」
思わず見とれた亮太は、次の瞬間、腰に巻いた機材ポーチから自作のサウンドドローンを投げた。手元の端末で即座に起動、空中で瑚都の歌声を増幅するように反響を合わせる。
音波が干渉し、〈ノイズ〉の核が露出する。
「瑚都! 一気に決めろ!」
「了解!」
高らかな最後の一音が響き、光のような音の奔流が〈ノイズ〉を包み込んだ。球体はひとつの歪な残響を残して、空気中に溶けて消えた。
子どもは倒れ込みながらも無事だった。駆け寄った保護教師がその場を収めていく。
「……危なかったけど、完璧だったよ。連携も」
「うん。あれ? 亮太、今、反響、合わせてくれた?」
「偶然じゃない。設計どおりだ。俺は音響を操るのが好きで得意だから」
瑚都は目を見開き、少しだけ頬を赤らめた。
「じゃあ……君と、ペア組めたら、きっと楽しいよね」
言葉の意味をはかりかねて、亮太は無言で返した。だが彼の胸には確かに、さっきの共鳴の感触が残っていた。
響いた音、重なった気持ち。
これが——物語の始まりだった。
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