第39話 毒の虫と鬼の祠

 かなり大きいハチだ。

 口のハサミも大きい。アレに咬まれたら大けがじゃ済まないね。下手をすると首が飛んじゃう。


 その黄色と黒のハチがブンと羽音を響かせて急に近づいてきた。魔法を発動するには時間がない……これはヤバイと思っていたら、私の目の前を黄金の閃光がよぎった。ウルファ姫の、黄金のオーラに包まれた小さな拳が大きなハチをぶん殴っていたのだ。


 そのハチの頭部は粉々に吹っ飛び、胸と腹はその場にどさりと落下した。


「気を付けろ。毒があるぞ」 

「はい、わかってます」


 私はエヴェリーナ先生の言葉に頷いた後、右手の人差し指から小さな火の玉を出した。その火の玉はチリチリと火の粉を撒きながら大きなハチの腹に落ちてからゴオッと燃え広がった。眩しい炎はハチの体を一気に燃やし尽くして灰になった。


 計算通り。

 あの、大きなハチだけを灰にした。


 炎系の魔法は特訓した。効果範囲とそれに見合う魔力の放出に関してはかなり上達したんだ。氷系の方はまだまだ自信がないけどね。


「ティナ。見事だ」

「いいえ。姫がハチを止めてくれなかったら魔法は間に合わなかった。姫のお陰だよ」

「いや、私は素手だから、なるべく毒を持つ生物は殴りたくない」

「あ、姫。拳は大丈夫?」

「問題ない。ハチの毒は腹だから頭は関係ないだろう」


 とは言うもののやっぱり心配だ。私は姫の右手をさすりながら手の甲を確認してみたけど、特に変色したり腫れたりしていなかった。こんな白くて可愛い手があんな強烈な拳になるんだから不思議。姫の手は私の手よりも華奢で小っちゃいんだよね。


「とりあえずこの泉はこれで良いだろう。あのハチの卵が残っていたとしても氷漬けで孵化することはない。私たちは先へ進もう」


 エヴェリーナ先生の言葉に私と姫が頷く。


「鬼族の祠ですね」

「そうだな……」


 そう答える先生の表情が曇る。何かの事情があるのだろうか。

 エヴェリーナ先生は無言のまま泉の脇の道を歩いて行く。私と姫は手を繋いで先生の後を追った。


 森の奥は外と比べれば少しだけひんやりしている。少し涼しい道を小一時間ほど歩くと例の祠に着いた。そこは森が開けている場所で、奥側は大きな岩がでーんと構えている岩場だった。


 ほこらとは宗教施設で、小さい神像などが安置してある小規模な殿舎の事だと思っていた。


 確かに、小さな殿舎はある。そこには小さな神像……額に角が生えている鬼だ……が安置されているし、その足元には動物をかたどった置物が添えてある。


 しかし、その奥に並ぶ大きな岩、巨岩に幾つもの装飾が施されているのだ。植物を編んだ縄が何重にも巻かれていて、そこには鮮やかな色彩の布が飾られている。何十枚もだ。


 祠は小さいんだけど、後ろの岩山がご神体っていうか、何かの宗教的な信仰の対象になってるって事ね。


 全体的な規模としたら、結構大きいかもしれない。


「そこで何をしている。ここは立ち入り禁止だ」


 後ろから声をかけられた。

 振り向くと、そこには鮮やかな色の民族衣装に身を包んだ三人の青鬼が立っていた。その中の一人はクラス委員長のグスタフだった。


「立ち入り禁止とは聞いていない。それにグスタフはここで何をしている。無断で合宿から離れてはいけない」


 先生の注意をグスタフは無視している。そして、彼の脇に立っている大人の青鬼は何も語らずにエヴェリーナ先生を睨んでいたのだ。

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