第34話 その命令は拒否できないのでしょうか?
「さて、ティーナ・シルヴェン。君に命令する。この地下室、この教会を灰塵とせよ」
毅然とした態度のリーネさんに命じられた。
やっぱり、私がやらなくちゃイケナイのかな。
「何か迷う事があるのかね?」
「その……エール・アルクさんがいらっしゃるので」
「エールは自らここに残る事を決めたのだ。彼女の意思を尊重して欲しい」
そう言われても……私みたいな若輩者に納得できるものではないと思う。私の魔法で人が死んじゃうって事だから。
さきほどリーネさんから頂いた魔法使い用の装備はウルファ姫とエールさんに外へと運んでもらったのだが、何故かエールさんはここへ戻って来た。彼女はリーネさんの骨と共に灰となる事を選んだと言った。
お隣のグラスダース王国で100年前に起こった凄惨な出来事。
我がラグナリア皇国をも巻き込んだ勇者戦争。
それは、5人の勇者を黒魔術で巨大な怪獣に作り替えた事が発端だった。その巨大怪獣……悪魔の心臓……アル・デリアス・ベノンと呼ばれた……はグラスダース王国で暴れまわり、数十万の人命を奪った。
その悪魔の心臓と戦ったのはグラスダース王国とラグナリア皇国の連合軍であり、非常に大規模な軍勢だった。しかし、悪魔の心臓を倒す事は出来ず、皇国の親衛隊……五大竜が出陣する事でやっと討伐されたのだ。親衛隊が皇国外へ遠征する事など極めて稀な事だった。
そして、倒された巨大怪獣の左腕が皇国へと戻り、この教会の地下へ封印された。その左腕には皇国の大魔法使い、そして勇者でもあるリーネ・サルマンの意識がそのまま宿っていた。
この封印の守護を任されたのが下級貴族のアルク家だった。そのアルク家が主催する勇者選抜試験だが、当初はグラスダース王国との共同開催であり、本物の勇者を発掘するために実施されていた。しかし、グラスダース王国は勇者の発掘と育成を放棄した。そのため、アルク家はこの教会に封印されている悪魔の心臓の左手の骨、すなわちリーネ・サルマンの意識を守護する事へと目的を変更した。それは、この勇者選抜試験を突破する者が、この結界を破壊する者だとリーネ・サルマンが予言していたからだ。
その、受験者を合格させない試験を突破したのが私と姫、ティーナ・シルヴェンとウルファ・ラール・ミリアだったのだ。
「ティーナさん。私からもお願いします。私達、アルク家の役目は本日終了しました。思い残すことはありません。今はただ、サルマン様と共にいたいと願うばかりです」
「でも……」
「安心して。私の老いた体はもう役に立たないの。それをサルマン様の力で支えているだけ。だって、勇者戦争当時の私は36歳だったのよ」
「え? 100年前に36歳だったの? じゃあ今は136歳??」
「正確には138歳。勇者戦争は102年前に始まり、終結したのが10年前だから」
「え? え?」
「人間族がこんなに長生きする訳ないでしょ? この骨が無くなったらサルマン様の魔力も消えてしまう。その瞬間に私の体は朽ち果ててしまうでしょう。私は本来、生きていてはいけない存在なの」
そうだったんだ。ならば、やるしかないじゃない……と思ったところで、背後から姫に声をかけられた。
「遅いので様子を見に来た。やはり戸惑っているのか?」
「ううん。大丈夫。でも少し怖いから、姫の手を握っていてもいいかな?」
「ああ」
姫の同意を得て、私は右手で彼女の左手を握った。姫の小さな手は何故かすごく安心できる温かさに溢れていた。
「それではティーナ・シルヴェンに命令する。この地下室、この教会を灰塵とせよ」
再びリーネさんに命じられた。
今度は迷わない。
私は一回深呼吸をして右側にいる姫を見つめた。姫は上向き加減に私を見つめ、そして頷いてくれた。
どの魔法を使うのかもわかっている。
イメージは先ほど垣間見た眩しい光の海。それは多分、生命の源である太陽を司る大神霊の姿。その大いなる光と繋がる事で、私は魔法を使えるんだ。多分、私は昔からそうだった。でも、さっきこの太陽の指輪を指にはめて実感した。私は太陽の魔法の使い手なのだと。
私は太陽の指輪をはめた左手を胸に当てる。そして悪魔の心臓の左手が収められた棺に向け、左手を突き出して開いた。
「太陽の息吹をここに」
私の体から眩い光が迸る。
そして手のひらからは、灼熱の光芒が噴き出して棺を飲み込んだ。一瞬で地下の遺跡は業火に包まれたのだ。
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