第31話 骨の意味
棺の中には人間の手の骨のようなものが安置されていた。形は多分人間の手の骨なんだけど、数倍くらい? いや、もっと大きいと思う。だって肘の部分から指先までの長さが私より大きいんだから。
「これは何なのだ。我がラグナリア皇国には様々な種族が暮らしているが、こんな巨大な手の骨は見たことがないぞ」
「これ、この骨こそ先ほど貴方たちが話していた怪獣の骨なのです」
姫の質問に答えた影は、はっきりとした姿を見せ始めた。ぼんやりとした影だけだったのが、小柄な人物像へと変化していったのだ。
「本体に近寄ると少し力が戻ってくるんだ。僕は魔法使いのリーネ・サルマン。今は実体がないアストルだけど」
「サルマン様。このような下賤な者たちに語る事などありません」
「エール。君は黙っていなさい。僕は今から彼女たち二人、ティーナ・シルヴェンとウルファ・ラール・ミリアに勇者戦争の真実を伝えるよ」
「それはなりません。サルマン様は時が来るまで真実を隠せとおっしゃいました。ですから、私達アルク家は勇者選抜試験を実施し、真実に近づく可能性がある若者たちを排除してきたのです」
「だから、今がその時なのだよ。エール・アルク」
「しかし……」
「異論は認めない。君だってわかっているだろう。幾つものトラップを突き抜けて来た彼女達は本物であると。さあ、下がっていなさい」
渋々と後退りするエールと言う名の老女。小柄な少年……いや、少女の姿となったリーネは優しく微笑んだ。
「さて、僕は女の子だけど、100年前は高名な魔法使いだったんだ。そして、グラスダース王国で開催された勇者選抜試験に参加したのだよ」
「勇者選抜試験だって?」
私は驚いて声を上げてしまった。しかし、リーネは笑顔で答えてくれた。
「そうだ。脆弱な人間族が多く住まうグラスダース王国では、勇者という特別な存在が重宝される。それ故、かの国では定期的に勇者を発掘すべく選抜試験が開催されていたのだ」
なるほど。私達のラグナリア皇国では、姫のような竜神族の他にも鬼人、石人、妖人、魔人、水人などの種族がいる。そのどれも人間族より力は強い。相対的に虚弱な人間族が特別な存在を欲するのは至極当然だろう。
「グラスダース王国では、困難に対処すべく国選の勇者パーティーを選抜していたのだ。僕はラグナリア皇国に住む人間族だったが、その試験に挑んだ。皇国における人間族の地位を高くしたかったからだよ」
うん。それはよくわかる。皇国において人間族は弱い立場なのだ。私はそれを身を持って体験している。
リーネの話は続く。
彼女は非常に優秀な魔法使いであり、皇国においても勇者として一目置かれる存在だった。彼女達は難関を突破して最終試験に挑んだ。最終試験は5人でパーティーを組み、試験会場内でパーティー戦を行うという内容だったらしい。
リーネのパーティーは勇者、戦士二名、僧侶、魔法使いの5名だった。全て異国の出身者だったし戦士二名は獣人だった。彼女はこの事に違和感を覚えたらしい。
「当然だろう。そもそも、グラスダース王国が選抜する国選パーティーだぞ。それが全て他国の者で占められている。しかも人間族ではない獣人の戦士もいたのだから」
リーネの話は続く。
彼女のパーティーは極めて優秀だった。その理由の一つが、獣人族の戦士の力が飛びぬけていたからだという。彼女達はその圧倒的な力で他のパーティーを蹴散らした。
リーネのパーティーには最高の栄誉が授けられるはずだったが話は違っていた。授賞式の際に二人の獣人戦士が暴れ、グラスダース王国の王族を襲い重傷を負わせた。その為、彼女達は反逆罪に問われる事となった。
「最初から仕組まれていたんだよ。二人の獣人は精神操作魔法で操られていた。彼らの肉体は極めて頑強だったが、そういう魔法への耐性は無かったって事さ。異国の獣人戦士と魔法使い、僧侶、それを束ねる勇者。全てが国家反逆罪として裁かれた」
酷い。選抜試験を突破したのに反逆罪で裁かれるなんて間違っている。私は思わずリーネに尋ねた。
「それでどうなったの?」
「死刑かと思ったがそうではなかった。投獄されたが刑期は150年だったよ。そこで交換条件が出された。ある実験に参加するなら開放すると」
それでピンときた。詳しい話は分からないけど、これが勇者戦争で戦った怪獣に関係しているんだ。今度は姫が質問する。
「実験だと? もしかして勇者戦争に関係しているのか?」
「ご名答。流石は竜神族の姫君だ」
ご名答って……人体実験でもされたの?
「ティナの考えた通りだよ」
え? 頭の中が筒抜け??
「勇者が頭と胴体、私が左腕、僧侶が左足、二人の獣人戦士が右腕と右足にされた。グラスダース王国の黒魔術と錬金術を駆使し、身長18メートルの怪獣を作り出したんだ。その怪獣は人の生命をエネルギーとし、周囲の人間を貪り食った。最終的には身長が100メートルを超える化け物へと成長した。その怪獣はアル・デリアス・ベノン……悪魔の心臓と呼ばれていたのだ」
え? 人を喰う? 成長?
身長100メートルって何なんだよ?
アル・デリアス・ベノン……悪魔の心臓?
それ、何なんだよ??
「もちろん、黒魔術師たちはコントロール可能だと思っていたらしいが、悪魔の心臓は容易く懐柔できた代物ではなかった」
「それで皇国機甲師団と親衛隊の五大竜が全て戦場へと向かったのか」
「その通りだ。あの五頭の竜神が終結する様は壮大だったぞ。あの援軍が無ければグラスダース王国は滅亡していただろう」
親衛隊の五大竜って……もう想像もつかない規模の戦いだったって事ね。
「それで戦後、君の……腕だけが帰って来たのか?」
「そういう事だ。私の体は既に亡く、意識は悪魔の心臓の左腕に宿っていた。倒された悪魔の心臓はバラバラにされて各所に封印されたのだが、左手だけが皇国へ戻る事ができたのだ。そこにいるエール・アルクはこの封印の守り人だよ」
凄惨な過去とその封印の守り人のエピソードに私の胸は締め付けられた。安易に触れてはいけない人の闇がそこあったのだ。
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