日陽②

午後のやわらかな日差しが、ゼミ棟の研究室の窓から斜めに差し込んでいる。


細長い影が床に伸びて、カーテンのすそを風がわずかに揺らしていた。室内は静かで、キーボードを打つ音や紙をめくるささやかな音が、心地よいリズムとして流れている。


印刷機の前でコピーの完了を待つ安藤と、パソコンの画面に視線を落としたまま、ゆっくりとマウスを動かしていたつかさが、ふと同時に顔をあげた。


扉が開いて、白衣の袖を無造作にまくりながら、汐見がふらりと入ってきたかと思うと、そのまま勢いよく椅子に身体を預ける。スプリングがぎしりと抗議するような音を鳴らしている。


「はるちゃん、来てたよ」


「はるが?」


なんともないように呟くと、つかさの指がぴたりと止まる。肘をついていた姿勢をわずかに起こして、驚いたようすで汐見を見た。

ふだんと変わらぬ表情に隠された一瞬の揺れが、その目の奥にかすかに滲んでいる。


「オカ研に?」


うん、と天井の一点をぼんやりと見つめたまま、少し間を置いて続ける。


「なんか、怪奇現象について知りたいってさ。ちょうど東雲がきたから詳しくはわかんないけど」


「……なんでまた、オカ研に」


ペンをくるりと回しながら、ほんの少し眉を寄せ、ゆっくりと視線を伏せた。

その声は誰かに向けた問いというよりも、思考の端から零れた独り言のように低く、落ちていく。


「さあ?でも、わりと真剣な顔したよ」


汐見は表情を変えずに、視線を机の端に落とすと、自身のパソコンを立ち上げた。

モニターに灯る青白い光が、彼の頬に輪郭を与えて、研究室に少しの静かさが流れる。


「ま、いいんじゃないの。いろんなことに興味もったほうが、知見も広がるし」


そこまで言ってから、汐見は指先で何かを打ち込むと、小さく肩をすくめた。

背後のプリンターが控えめな音を立て、コピー用紙を最後の一枚まで吐き出していく。


つかさは何も言わずに視線をパソコンへと戻す。けれど、画面の中の文字列を追いながらも、思考は別のところに引っかかっているようで、指先は動かないまま。


そこに、紙の束を抱えた安藤が足音を立てて近づいてくる。

ぎゅっと抱えた腕の間からは、ページの端がちらちらと揺れていた。資料に挟んだ付箋が、歩くたびにぱたぱたと震えている。


「そういえば、おれもこの前、はるちゃん見たわ」


「あ?」と、つかさがわずかに顔を上げる。

それまでの沈黙に割り込むように、軽く投げられたその言葉に、意識が引き戻される。


「どこで?」

「図書館」


ドサドサッと、見るからに重そうな分厚い資料を机の上に無造作に置きながら、安藤が思い出したように言う。

ページが一枚、机の端からはみ出しかけてふわりと揺れている。


「声掛けようとしたけど、なんか考え事してたみたいだったし、おれも教授に呼ばれてて急いでたからさ」


彼の声はいつも通り飄々としていた。

息を吐きつつ椅子に座ると、一枚一枚をめくりながら確認し、さらさらとペンを走らせていく。動きに無駄がないのに、どこか力が抜けている彼の所作は、慣れているというよりも"馴染んでいる"という表現がよく似合う。


「神出鬼没だね、はるちゃん」


「……お前に言われたくはないだろうな」


その言葉に安藤が何かを返すよりも早く、つかさがぽつりとつぶやいた。

静かに、けれどはっきりと。


わずかに安藤の口角が上がっている。

「言えてる、マジで」


笑いを堪えるような声音に、汐見はまたも無言で肩をすくめた。


窓の外では、風にそよぐ木の葉が静かに揺れて、光の陰影が床にゆらぎを落としている。再び、それぞれの指先が資料やキーボードへと戻っていく。


つかさは相変わらずじっと画面を見つめたままで、まばたきの間隔がすこしだけ長くなる。


眉のあたりにごく薄く、考え込むような皺が寄る。困惑に近い、腑に落ちない何かを考えているような、そんな表情。


──なんでまた、オカ研に。


先ほどぽつりとこぼした言葉が、頭のなかで何度も何度も繰り返されていた。

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