帳がおりたら
丹羽
はるのはじまり
アラームの音で目が覚めた。
まだ寝ぼけている頭に、ビリビリと電子音が容赦なく突き刺さる。
辺りに手を伸ばして、枕の下に隠れていたスマホを掴んだ。画面も見ずに適当にタップすると、けたたましい音がぴたりと鳴り止んだ。
カーテンの隙間から差し込む朝の光が、ぼんやりとした視界に入り込む。
眩しさに顔をしかめながら、しばらくベッドの上でぼうっとしていた。
やがて、重たい身体をゆっくり起こす。
──何か夢を見ていた気がする。
多分嫌な夢だった。
けれど、思い出そうとすると、手のひらから砂が溢れるようにさらさらと逃げていく。なぜか、胸の奥が少しだけざわざわしている。
でも、それが何に対してなのかはわからない。まるで昨日の記憶の一部が、寝ている間にすっぽり削ぎ落とされたような感覚だった。
「……やばい、遅刻する」
思考を振り払うように呟いて、ベッドから這い出す。朝食もそこそこに家を出て、駅に向かった。
既に来ていた電車に、すばやく乗り込んだ。
始発駅ではないけれど、午前の早い時間はまだ席に余裕がある。
すぐ着くし、いっか。
座席には座らずに扉のそばまで進んで仕切り板に寄りかかる。電車が揺れはじめたのを感じながら、イヤホンを耳に差した。
目を閉じて、音楽を再生する。
けれど、耳に馴染んだはずの音は、なぜか遠く感じて。
代わりに、あの夢の気配だけが、ふわふわと頭の片隅に残っている気がする。
ごまかすように窓の外を見て、空が少しずつ、夏へと近づいていることに気づく。
⸻
大学に着くと、構内はすでに朝のざわめきに包まれていた。
木漏れ日が歩道にちらちらと落ちていて、
春の終わりと夏の始まりが、あいまいに溶け合う匂いがした。
講義室へ向かう足取りは、なんだか重たい。
今日の空気は少しだけ、遠い感じがしていた。
広い教室の後方。空いていた席に腰を下ろす。
トートバッグからノートとペンを取り出すと、教授のマイク越しの声が教室に響いた。
プロジェクターの光をぼんやりと眺めていた。スライドに写された文字も図も、教授の解説も、すらすらとノートに記していく。
集中していないわけではない。
だけど、どこかふわふわと、地に足がつかないような感覚が続いている。
──最後につかさと話したの、いつだっけ。
ペンを動かしていた指が、ふと止まる。
記憶をたどりながら、無意識にスマホへと手を伸ばしていた。
ロックを解除して、アプリを開く。
トーク画面を開いて、その名前を打ち込む。
──つかさ
呼びかけというより、確認するように。
ぽつりとその名前だけを送信する。
しばらく画面を見つめていたけれど、何も変わらない。そっと伏せて机に置くと、またペンを手に取った。
やがて、講義終了のチャイムが鳴る。
椅子を引く音や話し声が一斉に広がる。
ふ、と息をついてノートを閉じて荷物をまとめ始めた。
ピコン
机の上に置いたままだったスマホが、小さく通知音を鳴らす。
手に取ると、そこには短いメッセージが表示されていた。
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