第2章 アルテナンツェのまじない師

第1話 臣従礼(1)

「わあ、きれい!」


 馬車の窓に張りついていたレンカは、市門を通過した直後、歓声をあげた。

 石畳が敷かれた道の両脇には、色とりどりの建物が並んでいる。屋根瓦は煉瓦色で統一されているが、壁面は若葉色にカナリヤ色、薄いピンク色に水色とさまざまで、見ているだけで心が躍る。


「ここが王都アルテナンツェ……」


 故郷のトベラフ村には、土の壁に藁ぶき屋根という、見映えのしない家屋しかなかった。

 こんなにかわいらしい建物が並んでいるとは、さすが王都、とレンカは夢見心地になった。


「その田舎もの丸出しの態度、王宮に入ったら改めろ。恥をかくのは同行者の僕なんだからな」


 シルヴェストルにぴしゃりと釘を刺され、レンカは口をとがらせた。


「いいじゃない、ちょっとぐらい。あんたと違って、わたしは初めてここへ来たんだから。だいたい、態度を改めるのはあんたのほうでしょ? そんなにいらいらして、陛下を怒らせたらどうするの」


 向かいに腰かけるシルヴェストルは、口をへの字に曲げてそっぽを向いた。


 アーモスを倒したあと、レンカたちが即刻まじない師を探しに行ったかといえば、そうもいかなかった。


 バラーシュ家当主となったシルヴェストルは、まず養父であるアーモスの葬儀を行い、七日間の喪に服す必要があった。

 そうしてすぐさまアルテナンツェへと向かったのだが、バラーシュ家当主を継承した以上、シルヴェストルには早急に片づけねばならない用事ができてしまった。


「まさか王であるこの僕が、臣従礼をする羽目になるとは……」


 シルヴェストルは窓に顔を向けたまま、ぎりぎりと歯がみした。


 彼の虫の居所が悪いのは、現王ヘルベルト二世へ忠誠を誓う儀式、臣従礼をしなければならないからだ。

 カンネリア王国に古くから存在する貴族は、当主が代替わりしたさい、国王のもとへ赴き、恭順の意を示す義務があるらしい。

 

 気位が天を衝くほど高いうえに、王であったおのれを誇りに思っているシルヴェストルだ。他者に膝を折るなど、耐えがたい屈辱に違いない。


「僕のあとに王となった者は、無能しかいないのか。あんなカビの生えたような古臭い儀式、続けるほうがどうかしている」


 悪態をつくシルヴェストルに、レンカは呆れた。


「当主になるって言いだしたのは、あんたじゃないの。それに伴った責任とか義務が生じるのは当然でしょう。文句言わないの」

「他人事だと思って……」


 シルヴェストルは煙水晶の色眼鏡ごしに、横目でレンカをにらみつけた。

 彼は旅のあいだ、赤い両目を隠すため、アーモスの遺品である色眼鏡を着けていたのだった。


「おまえこそ、振る舞いには気をつけろ。僕の従者ともあろうものが不調法な真似をしたら、ただじゃおかないからな」


 ふんっと鼻を鳴らすシルヴェストルに、レンカは黙りこむほかなかった。

 不本意だが、彼の言うことは、しごくもっともだからだ。


 一般的に大貴族の従者は、最少でも二十人はいるらしい。

 しかしシルヴェストルは、大勢の従者について回られるのを、ことのほか嫌がった。

 紅血の指輪についての情報が漏れでもしたら、厄介だからだ。まじない師に依頼するさいには、本当のことを告げなければならないし、そこでの話を悪用されては困る。

 

 そこで彼は、レンカを従者にしようと思いついた。

 通常であれば、従者は主と同性の者が選ばれる。だが主が男性の場合、女性を従者とする例も、わずかに存在するという。

 内実、彼女たちの多くは主人の愛人で、従者はその隠れみのに過ぎないらしいが。

 

 それを聞いたとき、レンカは不愉快になったものの、拒否するという選択肢もなかった。

 アーモスとの結婚が白紙に戻ったレンカと、アーモスの養子であるシルヴェストルは、赤の他人以外の何物でもない。

 そのため、一緒にいる口実を作らねばならなかったが、レンカが従者になれば、問題は解決するのだ。


 レンカとしては、本来の主従が逆転するのも、愛人と間違えられる可能性があるのも、はなはだ気に食わないが。


 そんな経緯で従者となったレンカだが、礼儀作法に関しては、まったく自信がなかった。

 基本的なことは母から教わっているが、それが宮廷で通用するかは定かではない。

 浮かれた気持ちに水を差され、レンカは恨みをこめて、横顔を見せるシルヴェストルをねめつけた。


(それにしてもこいつ……衣装がさまになってるな)


 シルヴェストルの今日の装いは、薄墨色の上衣と白のトラウザーズ、同色の膝まである長靴ちょうかに黒い外套がいとうである。

 地味な色合いだが、彼が着ると、派手やかなものよりも上品に見える。

 堂々と着こなしているためなのか、現代の衣装は、彼の美しさを際立たせているようだった。

 

 ちなみに、今のような日中であれば、彼は外套のフードを目深に被っている。

 森のように薄暗い場所では平気だが、やはり直射日光に当たると、火傷ができるらしい。


 レンカはおのれの衣装を見下ろして、ため息をつきたくなった。

 彼女もシルヴェストルの従者として見劣りのしないよう、立派なローブを身にまとっている。深緑色のベルベットで、胸元は白い刺繍の入ったモスリンで覆われている。


 驚くほどなめらかな生地に触れるとうっとりするものの、これを汚したり破ったりしたらどうしよう、と思うと、気が気ではなくなる。

 華美な服装にはいつまで経っても慣れず、自分に似つかわしいとも思えなかった。

 

(……いや、もうここまで来ちゃったんだから、服が似合わなくても、作法があやふやでも、腹を括るしかないか)


 レンカは背筋をしゃんと伸ばし、気持ちを立てなおした。

 くよくよしているのは、性に合わないのだ。


「王都は、ずいぶん変わったな」


 そのとき、不意にシルヴェストルがつぶやいた。

 彼はあいかわらず、窓の外を眺めている。


「そりゃあ、二百年も経てばね。……そういえば、昔の建物は木造だったんだっけ。今、どれも石造りなのは、防火のためらしいよ。二百年前の大火で街の大半が焼失したあと、そう義務づけられたんだって」

「……そうか。あの火事で」


 シルヴェストルはぽつりと言うと、それきり口を閉ざした。

 沈んだ様子の彼に、レンカは余計なことを口走ったかも、と反省した。


 二百年前の大火とはすなわち、シルヴェストルが引き起こしたと伝わっているものだ。

 親族を皆殺しにし、都を火の海へと変えたために、狂王と呼ばれるようになったシルヴェストル。

 彼の背景について、それ以上のことを、レンカはなにも知らない。


(なんで下僕の指輪をはめているのかも、聞いたことがなかった)


 まだ事情を打ちあけられるほどには、心を許されていないのか。

 そう思うと、胸がちくりと痛んだ。


(シルヴェストルのこと……ちょっとずつでいいから、これから知っていきたい)


 レンカはささやかな望みを抱いて、シルヴェストルの様子をうかがった。


 流れゆく景色を一心に見つめる彼は、なにを考えているのか。

 それを読みとることは、まだできそうになかった。

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