性転換の魔法薬を飲みました。うちの店主が一番可愛いと思います。

ピヨミソ

第1話 天使と思ったらうちの店主でした。



「やあ、クロエ。見てよ、どう?中々かわいいでしょ?」



 クロエはいつも通りの時間に出勤し、いつも通りにお店に入ったはずだ。しかし、そこに待ち構えていたのは自分が知っている店主ではなく、目の前の女性だった。


 彼女は小さな身体に対し、大きめのシャツに、ブカブカのズボンを折り曲げてはいており、天使のような顔の可愛いさに対し、服装の不格好さが見事にミスマッチしている。

 柔らかそうな薄い金の髪は肩より短い長さで軽くカールしており、猫のような瞳は薄氷のような薄い水色で、自分の知っている人の色彩と同じである。


 その自分の知っている人、サミュエルは20代の背の高い男性であり、この店の店主である。彼から妹がいるという話は聞いたことがないのだが…


「んんと、失礼ですが、あなたは?サミュエルさんのご親戚の方でしょうか?」


「やだなぁ、一年も一緒に働いてそれは無いよ。君の雇い主のサミュエルだ。」


「わお」


 まさかの本人だった。にわかに信じられないが、実はとんでもなく能力の高い魔法使いの彼ならやりかねない。うちの店主は本当に自分の考えが及ばないことを仕出かすのが得意だ。

 ちなみに、正確には彼はクロエの雇い主ではない。


「で、どう?女版の私、悪くないと思うんだけど。」

「すんごい美少女なので、悪くないどころか極上です。天使か。」


 こちらに向かってウインクしてくる姿は鼻血ものである。ご丁寧に、いつもは「俺」といってるところを「私」に変えている。

 普段の彼もかなり容姿はいいのだが、目の前の彼女も飛び抜けて可愛い。可愛いのだが、一体なにをやってるんだこの人は。


「えーっと、どこからツッコめばいいのかわからないんですが、これは変装か何かですか?骨格レベルで違う気がするのですが…」


 いつもより頭一つ分は低い身長に、華奢な肩幅に細い手足。自分で言ってて何だが、これで本当にただの変装だとすると、身体に物理的な手術まで施したハイレベルな変装ということになる。


「残念、不正解!魔法薬だよ。とある筋から依頼を受けてね。1日だけ男女の性別を作り変えるという薬を作ったんだ。」


「ええ、そんなことできるんだ…あなたは本当になんでも作りますね…。そして依頼を受けたという話を私は聞いてないのですが。」


 そう言ってじとりとサミュエルを見つめる。

 クロエは計画性の無いこの魔法使いの秘書のようなことをしている。本来の流れとして、依頼の受け口はクロエで、彼はクロエの計画に沿って依頼をこなす。しかし、たまにこうやって彼に直接依頼が来ては割り込みの仕事をして、クロエに怒られている。

 

「今回は特別だよ。王家の隠密からの依頼だからね。」

「うわ〜…これだから権力持ってるやつらは!」

「そんな嫌そうな顔をしないで。今回はちゃんと他スケジュールを確認してから期限を設定したんだから。」

「あら、珍しいですね。あなたが対応できるのであれば、私は別に構いません。」


 クロエがするのはあくまで管理であり業務のサポート、実際に仕事をするのはサミュエルだ。そのサミュエルが大丈夫というなら、こちらが文句言う筋合いはない。


「で、何故あなた自ら飲んで試してるんですか?」

「単なる好奇心だね。普通に生きてたら、自分が女になることなんてこの先一生ないだろう?これは試すしかないって。徹夜して作った最高傑作だよ!身体の全ての器官を作り替えることに成功してるんだから。自分で言うのもなんだけど、やはり私は天才だな。」

「はいはい。」


 毎度突拍子もない依頼が舞い込んで来ては、それを叶えてしまう彼は本当に天才ではある。しかし興味があることには猛突進で、それ以外のことは彼の思考回路から消え失せてしまうのが、彼が単なる天才魔法使いではなく変人魔法使いと呼ばれる所以だと思う。


「というわけで、はい。」


 サミュエルがクロエに向かって、謎の液体の入った小瓶を手渡す。


「なんですか、これ。」

「今さっき私が飲んだ魔法薬。男が女に変わる効果は私で確認済だけど、女が男に変わるかどうかはまだ確認出来てないんだ。治験に協力してよ、クロエ。」

「え〜…」


 自分は普通に出勤して来ただけなのに、何故朝っぱらからよくわからない実験体にならなければいけないのだろうか。


 クロエは渡された小瓶を見つめ、これは自分の雇用契約に含まれているのか?と、記憶を掘り返した。





 クロエ・ハディスは田舎の小さな領地を持つ男爵家の長女である。

 特に裕福でも貧乏でもないハディス家ではあるが、子沢山な家庭であり、クロエの下には四人の弟と妹がいる。子供がいればそれだけ生活費がかかり、四人全員を学校にやる財力はあるっちゃあるが、余裕は無かった。そのためクロエは学校を卒業後、お給金が良い王宮の文官の仕事について、弟や妹たちの学費を支援することに決めていた。

 この国では身分制度はそれ程厳しくなく、そして男女の雇用の機会は等しく与えられており、クロエは学校も優秀な成績で卒業したため、文官への就職は容易だった。

 

 クロエは持ち前の真面目さと家庭環境で鍛えられた世話焼きの性質から、人をサポートする仕事内容に関して、めきめきと頭角を現していった。

 配属された部署の業務効率化を行い残業率を減らしたり、属人化されている作業を平準化して生産性を上げたり、いい具合に整えては異動していくを繰り返していたところ、上司からクロエにお声がかかった。

 なんでも、我が国きっての若き天才魔法使いの補佐役を探しており、今すぐにでも派遣させたいとか。これまで何人か人を送ったが、どうにも上手くいかず、みんな補佐役を降りてしまうのだという。


 その若き天才魔法使いの名はサミュエル・ノーラン。一部では変人魔法使いとも揶揄されている。

 彼は侯爵家の次男であり、一応宮廷魔法使いなのだが、王都の隣町に居を構え、そこで魔法に関する何でも屋を営んでいた。むしろこちらが本業で、宮廷魔法使いはほとんど名誉職のようなものだった。


 何でも屋の仕事の例を挙げると、子供が熱を出したと言われたら熱冷ましの薬を、骨折したと言われたら治癒を、人生の悩みを相談されたら星占術で未来視を、飼い猫が迷子になったと言われたら探索魔法を使うといった、お客さんの依頼とあれば本当になんでもかんでも全て引き受けてしまう。そして引き受けた仕事は暗殺や魅了など人の人生を狂わせること以外なら全て完遂させてきた。


 彼が何故そういった仕事をわざわざ好んでしているかというと、人の役に立ちたいとかそういった崇高な理由などではなく、単純に人の願望というものに興味があるから。

 そして困ったことに、宮廷魔法使いとして呼び出しがあっても、依頼遂行中であれば、一切無視。

 普通だと解雇になる案件だが、それを以てしても彼は魔法使いとして非常に優秀であり、国としても首輪を繋いでおきたい人物であった。そして、苦肉の策として彼のサポート要員を送りこんで、なんとしても気まぐれな彼のスケジュール管理をさせようとした。

 結果、送り込まれた面々はいずれも上手くいかず、最後の頼みの綱として、最近炎上部署の整え屋として話題になっていたクロエが彼の補佐役として抜擢されてしまったのだった。


 初めてサミュエルのなんでも屋に足を踏み入れたとき、クロエはサミュエルから盛大なお出迎えをくらった。

 彼はこれまでの補佐役と色々あったのだろう、「王宮から補佐役として派遣されて来た」とクロエが言うと、店の扉を閉められた挙句、閉め出されたクロエの周りだけ嵐となり、風が吹き荒れ全身はずぶ濡れ、何故か足元に穴が空いて下に落ちた。落ちた穴には「カエレ」と書かれた文字が。

 前任者たちとどれ程揉めたのか分からないが、彼は徹底的に補佐役を拒絶していた。


 しかし、真面目で世話焼きで、加えてへこたれない図太さを持ち合わせていたクロエは、三日三晩にかけて彼を説得することに成功。

 餌付けをして、それから彼のこれまでの補佐役への不満を聞いて、これからの妥協点を擦り合わせて、コツコツ最初の信頼関係を築く第一歩を踏んでいった。

 信頼関係がある程度構築された後、気まぐれな営業時間を定め、依頼内容の管理、宮廷への出仕など彼が嫌がらない範囲で諸々を整えていった。


 サミュエル自身のことについて少し述べると、彼は侯爵家の次男でれっきとしたお貴族様である。しかし彼のような魔法の才能を持っているのは家族の中で彼ただ一人だけだったらしく、全寮制の学校に入学以降、実家とは疎遠になっていた。良く言えば、貴族の坊っちゃんでありながらも自由にさせて貰っており、今ではすっかり庶民の生活に馴染んでいた。

 彼はその侯爵家の血筋のためか、容姿が非常に整っており、淡い色味のフワフワした金髪と薄い氷を張ったような水色の瞳、そして長身の体躯は、宮廷に出仕する際だけちゃんとした貴公子に見えた。

 しかし、普段のなんでも屋の彼はボサボサの髪に着古したローブと怪しい魔法使いそのものであり、とても同一人物には見えない。さらに言うと、彼は興味がないことにはとことん面倒くさがるタイプで、その面倒なものの一つが普段の身なりや部屋の片付けであった。


 クロエは実家にいるときの弟たちを世話する要領で、補佐役として業務外である部屋の掃除や彼の身支度、勤務中の食事の用意までをこなした。

 最初は野良猫が敵を威嚇するかのように警戒されていたクロエだったが、いつしか「いつもありがとう、クロエ」と感謝されるようになっていた。

 

 そうして彼と過ごしている内に、どんな些細なことでも依頼を引き受けて、例えそれが本人の意思と関係なくとも、人の役に立とうとするサミュエルに、クロエは自然と惹かれていった。

 だが、この想いを打ち明けてしまったら、きっと補佐役ではいられなくなる。そのため、サミュエルへの淡い想いは今も秘密にしたままである。





「治験の協力はやってもいいんですが、効果は1日なんですよね?明日の業務に差し支えそうなんですが…」

「大丈夫、明日は予定を明けておいたから、休暇にしてくれて構わないよ。店も閉めるつもり。それにクロエも明日は城に出仕しない日でしょ?」

 いつもはクロエ任せなのに、こういう時だけ用意周到である。

 自分は週に一度、業務報告で城に出仕する必要があるのだが、彼の言う通り、明日はその日ではない。


「わかりました。ええと、これは今この場で飲めばよいのでしょうか?」

「いや、向こうの部屋を使って。あと、服も用意してあるから、それを着てから飲んでね。」

 着替えも準備済みとは、なんとも準備がいい。どうやら最初から拒否権はなかったようだ。


「わかりました。でも1日の治験に付き合うんですから、何かお礼を期待してもいいんですよね?」

「もちろん!たくさん期待してていいよ。」


 笑顔で頷くサミュエルだが、正直彼のお礼は毎度あまり期待できない。

 これまでのお礼と言えば、いつも頑張ってくれてるから、と逆に呪われそうな見た目の呪いよけの首飾りを頂いたり、息抜きに、と毒草植物園や猛獣博物館など、息抜きにはならない独特のチョイスのお出かけにいったり…彼は容姿も地位も権力にも恵まれているのに、徹底的にモテないのはそういうところだと思う。


「じゃあ、お隣のお部屋お借りしますね。終わったら出てきます。」



 クロエが入った隣の部屋には、着替え一式が簡易ベッドの上に用意されており、ご丁寧にクロエが今身に着けている服を入れる籠まで用意されていた。

 

 服を着替え、手の中の小瓶を見つめる。

 一時的にとはいえ、20年も女性として生きてきたのに、それが根本から作り替えかられるとなると、少し怖い。

「たった一日の我慢よ…補佐役なんだから、治験くらい協力してあげないと…」


 自分にそう言い聞かせるように呟いて、それから一気に中身をあおった。


 途端、凄まじい痛みが全身を駆け巡る。

 

 毒薬でも飲んだのだろうかと錯覚するくらいの鋭い痛みを感じ、ベッドの上で悶絶する。全ての骨と皮膚の感覚が麻痺してきた後、ゆっくりと痛みで閉じた目を開く。


 自分の身体を見渡すと、骨ばったいつもより長い手足、平らな胸、下半身と、薬の効果がすぐに現れたことがわかった。


 全身を姿見で確認すると、いつもの自分の姿はそこには無く、弟たちが大きくなったらこんな感じなんだろうな、と思うような男性が映っていた。


 黒い髪も青い目も白い肌も変わらないのに、視界はいつもより数段高く、用意してくれた服は少し小さい。喉を触れば小さい突起があったので、試しに声を出すと、自分が喋ったとは思えないくらい低い声が出た。


 痛みが凄まじいことを除けば、効果は今のところ問題ない。

 問題はないのだが、正直自分の身体に違和感しかない。

 いつもと違う目線の高さを不思議に感じながら、クロエは部屋を後にした。



「お待たせしました。」


「わー!男版クロエだ!」


 ぱあっと顔を綻ばせてぱたぱたと駆け寄ってくるサミュエル。その美少女っぷりにクロエは鼻血が出そうになる。


(本当に女版のサミュエルさんは可愛らしい!)


 鼻を押さえて耐えるクロエに対し、サミュエルは薬の効果の確認として、クロエを遠慮なく触りまくる。


「ちょっと効果のほどを確認させてね…うんうん、骨格よし、背も私の場合小さくなったのに対し、大きくなるんだね。声質もクロエのまま低くなった感じだし、おお、髭も薄っすらある。面白い!」


 彼にというか、他人にこんなにベタベタと身体を触られたことがこれまでなかったので、恥ずかしさで顔が赤くなる。

 いや、これは、セクハラと言ってもよいのでは…


「サミュエルさん、ちょっと、触り過ぎです。」

「おっとごめんね。でも、もうちょっとだけ我慢して。」


 そう言うと、徐ろにクロエの下半身にサミュエルの手が伸びたが、すんでのところで回避する。


「!!!!!」

「うん、大丈夫そうだね。肝心のこれが無いと、失敗だよね〜」


 うんうんと納得するサミュエルに対し、あそこを押さえて疼くまる。なんてことをしようとしたんだこの変人は!


「サミュエルさん、今のは完全にセクハラ未遂です!訴えますよ!」

「ええっごめん、そんなつもりじゃ無かったんだけど、嫌だった?」

 サミュエルはあざとくも首をこてんと横に傾げる。その様子からは反省の色が微塵もないことがわかる。


「嫌です!サミュエルさんもいきなり私から色々触られたら嫌でしょう!?自分が嫌がることは人にしない!」


 思わず弟たちに言い聞かせるときのように、叱りつける。


 が、


「私は嫌じゃないんだけど。」

「へ」


 心底不思議そうな顔でサミュエルが尋ねる。


「私はクロエにだったらいくら触られてもいいよ。クロエは私に触られるのがそんなに嫌だった?」


 悲しそうな顔をしてこちらを見てくる。あれ、なぜ自分が意地悪をしてしまったかのような気持ちになるのだろう。


「え、いや、そういうわけじゃ、」

「良かった〜、嫌じゃないんだね!」


 んんん?どういう思考回路をしたらそういう結論になるんだろうか。良かった良かったと自分より頭一つ小さなサミュエルに抱き締められる。今までもスキンシップは他と比べて多いほうだったが、今日は特に遠慮がない。


「じゃあ大体は効果も確認できたことだし、せっかくだからお出掛けしよう?」

 クロエの胸元にうずめていた顔をばっと上げて、おねだりをするように提案をしてくるサミュエル。


「え、この姿で外に出るんですか!?」

「そうだよ、一生に一度あるかないかの機会だよ?いつもと違う姿でお出かけなんて、絶対に面白いに決まってるよ。ああ、悪いんだけど、クロエの服を貸して貰える?さすがに今のこの格好は不格好過ぎるからさ。」

「構わないですが…ええ?本当に外に行くの?」

「そうそう、効果が切れる前に、急ごうねー。」

「ええー…」


 いつにもまして押しが強いサミュエルに流されてしまい、結局クロエたちは城下町まで出掛けることとなった。



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