第37話 混戦の中で

ラン草原——戦争、三日目。


空はくすんだ灰色の雲に覆われ、陽光が地上をまばらに照らしていた。草原を渡る風には、血と鉄の匂いが混じり、しだいに濃くなりつつある死の気配を連れていた。


一昨日、魔族と人類の大軍が激突してからというもの、この地はもう穏やかな草原でなく血に塗れた大地であった。


その三日目、戦は、静かに、しかし確実に深度を増していく。





「前線、魔族の第二波、来ます!」


「後方魔導班、援護魔法、準備急げ!」


パスト王国の前線指揮官が叫び、戦場が再び騒然となる。


前線には、カレス帝国の盾兵とパスト王国の歩兵部隊が展開されていた。その背後では賢者ネイロとキリナが指揮を執り、魔術支援と陣形の修復に尽力していた。



ネイロの杖が紅く光り、巨大な炎の蛇が地を這って魔族兵たちをなぎ払う。空を飛ぶキリナが両手を広げ、鋭利な風刃を広範囲に展開する。空気すら裂くその一撃は、草原を駆ける魔獣たちの脚を次々と切断していく。


「——よし、食い止めた!」


「まだだ! 右側面に回り込みの部隊! そっちも来るぞ!」


防ぎきれぬ攻撃の波。ここにきて種族の強さの差が少しづつ現れ始めていた。


そしてまたこの戦場にラグドが現れた。


「どけえぇぇええッ!!」


咆哮とともに振るわれた鉄棍が地を叩き、地面が大きく抉られる。その衝撃で人類の盾兵が数名、吹き飛び、後衛の魔術師たちが慌てて支援に回る。


「雷槍、投擲準備——っ!」


「風縛陣、展開!」


だがラグドは止まらない。むしろ攻撃を受けることで逆に勢いを増し、体を紅炎で包んで突撃を続ける。


「こんなもんかぁッ! もっとかかってこいッ、雑種どもが!」


彼の突撃は、もはや兵の士気すら奪っていた。


剣も、魔法も、槍も、一撃で消し飛ばされる。


その暴力的なまでの前進に、人類はじわじわと押されていく。



ラグドを止めるにはネイロとキリナがかかりっきりで対応するしかなかった。


人類を歩兵を蹴散らしながら進んでいくラグドにネイロとキリナは魔法を放つ。


昨日の戦いではラグドはネイロとキリナの魔法を避けるか鉄棍で弾いていた。しかし、今日は避けなかった。避けられるタイミングにあった魔法を自身にあたるまで凝視しながら受けた。


その光景にネイロとキリナは驚きを隠せなかった。


「何故だ?昨日1日喰らわないように徹していたのに」


「そんなわけないじゃない。ネイロ、気を抜かないで」


ネイロの火魔法が直撃し、煙が上がっていたがその煙がなくなる。そこには少し傷を負いながらも獰猛な笑みを浮かべるラグドがいた。


「やっぱり、やっぱりなぁぁ!この程度じゃ俺は倒れねぇ!」


そう叫ぶラグドの身体から今まで以上の炎が立ち昇る。ゴゥゴゥと燃え上がるラグドにもはや歩兵たちは近寄ることもできない。


そしてラグドが鉄棍を振り下ろすその先からと炎が走り、その先にいた兵士たちが燃え上がる。そしてラグドが鉄棍を横に薙ぎ払うと鉄棍の先から炎がばら撒かれ、兵士がどんどん燃やされていく。その場はラグドへの恐怖で支配されていた。


そしてその場から1人の人類の兵士が叫びながら逃げていく。


「無理だぁぁ!」


本能から理解してしまった。この敵には勝てないと。それを見た兵士たちは次々に逃走を始める。


「ここが崩れたら魔族に戦況が傾いてしまうわ!私たちもいる!恐れないで!」


キリナがそう叫んだが、恐怖に支配された兵士たちは止まらなかった。


この前線は引くしかないとキリナが考えた時、

魔族の兵士たちに向けて空から何か落ちてきた。


そして爆発した。


***

ラン草原・東端、高台。


リディアは、魔族軍本陣の背後に立ち、風に靡く紫紺のマントを翻していた。その視線は、戦況の全体を冷ややかに見渡している。


「ふぅん、前半ではまた勝手にラグドが暴れてるし、左翼も押し気味……」


口元に笑みが浮かぶ。


「そろそろ……背中を突いてあげましょうか」


彼女は指先を軽く鳴らした。


すると、草原に溶け込むように潜んでいた複数の魔族兵と獣たちが、密かに森の中へと姿を消していく。目的はただ一つ——人類の後方、補給線への奇襲。


リディアの放った奇襲部隊は、密林地帯を抜けて人類の後衛部隊へと回り込む計画だった。


彼女はつぶやく。


「使い魔たち、好きなように暴れなさい。正面が騒がしい今なら、誰も気づかないわ」


その命を受け、異形の魔獣たちが沈黙のまま森を駆け抜けていった。


その獣たちは、昨日のものとは違っていた。


動きは滑らかで、群れとして連携し、獲物の息遣いすら察知する狩猟のプロ——魔族の手で鍛え上げられた“戦場仕様”の魔獣たちだった。


そして——その行動が戦局に思わぬ影を落とし始めるのに、そう時間はかからなかった。



***

草原の一角では、魔族の幹部憤怒ラグドが前線を蹂躙していた。


「どけぇぇぇぇッ!!」


轟く咆哮と共に、炎を纏った巨体が人類の盾列を破壊する。

地面がえぐられ、兵士たちの叫びが飛び交う。


「中隊右翼、崩れかけてます!このままだと――!」


「他の全然も魔獣に押されています!」


ラグドの暴れている場所だけでなく、他の場所でもパスト王国の魔術師たちが必死に応戦するも、ラグドの突撃に合わせて動く魔獣たちの波状攻撃に押され始めていた。



「……まずいな。予想より前線が早く崩れている。魔導兵器を起動しろ!」


ランス連合の技術将校カリムは、緊迫した面持ちで前線を眺めてながらそう叫んだ。


背後には、大小さまざまな魔導兵器が起動を待って並んでいた。

結晶炉の震える音が重なり、空気中に魔力の脈動が拡がる。


「第七、八兵器部隊、出撃準備完了!」


「いいか、試作機はまだ使わん。まずは既存兵器で押し返すぞ!」


「了解!」


――重厚な音とともに、小型の魔導投擲機(カタパルト型兵器)が展開される。


車輪付きの台座に載せられたそれは、魔力で圧縮されたエネルギー球を射出する中距離兵器であり、連合の中でも安定性に定評のある量産型だった。


「前方指定座標、範囲集中射撃、用意!」


「目標、巨体魔族、用意!」


「発射!」


その声と共に空に向けて放たれた魔力球は、青白く発光しながら放物線を描き、敵陣中央へと落ちていく。


――ズゥン……! ドガン!


地響きのような衝撃とともに魔力が爆ぜ、魔獣の群れを巻き込んで草原を抉る。


「直撃!……数十体沈黙!」


だが、それでも戦況は安定しなかった。


「敵の動きが速すぎます!狙いが定まりません!」


「チッ……こいつら、どこかで訓練されてる……?」


カリムが額の汗を拭ったとき、ラグドの吠える声が再び戦場に響いた。


「まだ足りん!もっと来い人間どもォッ!」


「攻撃の手を止めるな!魔獣は進行方向に攻撃しろ!あの魔族は幹部だ!全然で戦う者たちを最大限援護しろ!」


カリムはそう指示を出した。



***

そして戦いが激化していく中で北部の戦場に人類の兵が20人ほど追加された。


しかし負傷者や怪我人の多い戦場では誰もそのことを意識せず、気づかなかった。


そしてこのことが戦況を大きく変化させることとなる。

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