第30話 新たな魔法
砂塵が晴れぬ戦場の中、ルトスは槍を握りしめたまま歯を食いしばった。
一瞬だけでいい。隙を作れれば、必ず届く、いや届かせるルトスは満身創痍になりながらもそう考える。
マルクも修復が間に合わず鎧が傷だらけになっていた。
それでもハルバートを支え、静かに構えを取る。
「俺が隙をつく。マルク、バルート……視線を奪ってくれ」
「わかった」
«了解した»
風を纏ったルトスが再び駆け出す。
メラも、それを迎え撃つように鞭を構えた。
「何度来ても無駄よ。あなたたちは──届かない」
鞭が閃く。
だが、先程までの鋭さは、ほんのわずかに鈍っているようにも見えた。
流石に警戒されている。狙いはバレている。
──それでも、構わない。
「マルク、今だ!」
ルトスの叫びと同時に、マルクが全力で跳びかかる。
あえて真正面から飛び込み、メラの視線を引きつけた。
「甘いわッ!」
メラがそちらに視線を向け、鞭を振り抜こうとした瞬間。
右手から、爆音。
「──砕けろッ!」
バルートの火球が地面を抉った。爆煙がメラの背後に立ち上がり、反射的に彼女が後方を一瞥する。
視線が逸れた──その、ほんの刹那。
「今だァァァァ!!」
ルトスは自身の体に風を纏わせるだけでなく、自身の背中に強風を叩きつけることで今までにないほどの速さでメラに迫った。
槍の刃が、ついに──
……しかし。
「っ……!」
メラの首まで、あと30センチ。
その寸前で、ルトスの体が急に動かなくなった。
「っく……!」
封印魔法。ほんの一瞬で、彼の動きを封じた。
その隙にメラは跳躍し、距離をとる。
その顔には、再び強者の余裕が戻っていた。
ここまでか。…いや?
今の攻撃はルトス、バルート、マルクの現状繰り出せる最大限の攻撃であった。
それを、傷一つ与えられずに終えたのだ。
だが──それでも、ルトスの思考は止まらず諦めていなかった。常に思考を巡らし、策を考え続けていた。
俺らが今持っているものはなんだ?メラが知らない、対応できない攻撃を。この状況から戦況をひっくり返せる手段は?
そんなルトスの頭に1つの考えがよぎる。
あまりうまく使いこなせず物を持ち運ぶくらいにしか使用していなかったルトスの空間魔法。
長距離の転移のような高度な魔法は使えない。しかし目に見える短距離なら?自身だけでなく物に使用するなら?
そしてルトスは一概の望みにかけて空間魔法を発動した。
動き出したルトスの槍の先に小さな黒い空間の裂け目が現れその中に槍の穂先が入っていく。
そしてルトスから2mほど距離をとったメラの前に同じく裂け目が現れそこから槍が飛び出した。
自身に迫る槍を避けきれないと悟ったメラは、自身の体に鞭を叩きつけた。
強引に身体の位置をズラす。
それでも──槍の刃が、彼女の肩を裂いた。
鋭く、赤黒い血が散る。
(……届いた)
なぜ使い慣れない魔法を土壇場で成功させられたのかは分からない。
ダンジョンの補正か。混沌の神の祝福か。今までの努力か。それとも──極限の果てに手繰り寄せた、偶然か。
だが確かに、ルトスの一撃はメラに傷を与えた。
ルトスは、叫んだ。
「──バルート!!」
その声に応じ、次の瞬間、3人の姿は戦場から掻き消えた。
残されたのは、傷を負ったメラと、激しい戦闘の痕跡だけだった。
***
その場に残されたのはメラは誰に聞かせるでもなく口を開いた。
「あーもう!最後動揺して魔法の制御が揺らいだわ。」
メラの魔法は強力だが使用するにはいくつか条件があった。今回のバルートの転移を封じていた魔法は詠唱が必須かつ、封じている間は高度な魔法制御が必要だった。
もっともそこらの魔法使い程度の魔法ならメラの封印魔法の制御が少し揺らいだぐらいでは事前に発動された封印を超えることはできないのだが。
「大掛かりな封印も瞬時に行えるように修行しようかしら。」
そう言い残すとメラは背中から翼を広げて飛び立つのであった。
***
転移の光が消えると同時に、重力が戻る。
乾いた岩肌の上に、三人の体が崩れ落ちた。
荒い呼吸と、鉄の匂い。そして──静寂。
「くっ……はぁ、はぁ……!」
地面に手を突き、呻くルトス。
体中の節々が悲鳴を上げていた。全身に残る、メラの封印の影響。
だが、それでも彼の目は、諦めではなく確信の色を帯びていた。
「なんとか発動できましたか。」
バルートがそう呟く横でマルクが鎧の擦れる音を立てながら、ゆっくりと身を起こす。
そしてルトスの傷を見たバルートが即座に応急処置に取りかかる。
ルトスの肩は、先ほどのメラの鞭による裂傷で血に染まっていた。
「すまん、頼む……」
声を震わせながらも、彼は目を閉じない。次の動きを考え続けている。
「なんとかなりましたね、ルトス様」
バルートがぽつりと呟いた。
「……ああ。あの女に、確かに一撃入った。肩の筋、裂けてた」
バルートが布を巻きながら頷く。
「偶然でも奇跡でもいい。あれは、戦場の中で生まれた勝機だった。逃げられただけじゃない。……確かに、あのメラに傷を与えた」
ルトスはぼそりとそう言い、槍を握り直す。
その目に宿っていたのは、悔しさと、そしてわずかな──希望。
「スキルだろうと何だろうと、万能じゃない。視線が条件、集中が必要。制御に乱れもあった。……なら、あの女を倒す方法はある」
「そうですね。あれはいずれ倒さなくてはならない相手です」
「だが、俺らにはやることが多い。あのレベルの敵に今ダンジョンを攻められたら厳しいかもしれん。」
三人は、深く息を吐いた。
命を繋ぎ、一矢報いた。
だが勝利には、まだ程遠い。そしてやること、対策は山積みである。それでもそこにあるのは絶望だけではなかった。
そしてルトスは、次なる策を練り始めていた。
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