第10話 強化

フォレストハウンドとの激戦から、二日が経過した。


ダンジョン第五層、コアのある静かな岩室で、ルトスは仰向けに横たわっていた。

魔物の毛皮を敷き、粗末な布を掛けただけの寝床。だが、戦闘の緊張を解いた体には、それだけでも十分すぎるほど心地よい。


(あの犬っころ……本気で殺されかけた)


体に刻まれた傷はすでに塞がり、痛みもほとんどない。

だが、魔力の流れがまだ鈍い。槍に風を纏わせた一突きは、完全に自分の意思と呼べるものではなかった。

だが確かに、あの瞬間、魔力が武器に通じた。風が巻き、敵の脚を吹き飛ばした。


(今の俺でも、工夫すれば、魔法に似たことはできる)


自信とまではいかないが、可能性が生まれたのは確かだった。いつか自分の意思でいつでも発動できるように備えようと決心した。


だが、その分消耗も大きく、ルトスはここ二日、狩りにも出ず、ただ回復に専念していた。

エネルギー管理画面を何度も確認しながら、「そろそろ稼がないとな」と思っていた矢先――


唐突に、ダンジョンコアから通知が走った。


【通知:エネルギー収入+98,240pt】

【備考:第一層内にて集団戦闘による大量死体吸収・自動変換】


「……は?」


ルトスは半身を起こし、慌てて詳細を確認する。

そこには、信じられないような報告が並んでいた。


二日前――ちょうどフォレストハウンドと戦っていたその頃。

第一層の洞窟から百体を超えるゴブリンの群れが迷い込んできたという。

しかもそれを追って、ボブコボルト率いるコバルトの精鋭部隊が突入。

両軍は第一層で本格的な戦闘を始め、ダンジョンの空間を“勝手に”使って互いに血を流した。


【戦果:ボブコボルト隊 全滅】

【ゴブリン側:30体以上死亡、現在も70体以上が第一層に滞在中】

【死体吸収:完了】

【追加ボーナス:ダンジョン内初戦闘、侵略防衛成功】


ルトスは、言葉を失った。


(何もしなかったのに……いや、死体吸収機構を放置してたのが効いたか)


コバルトの死体、ゴブリンの死体、さらには戦闘そのものがダンジョンに刺激を与え、影響度ボーナスが入ったらしい。

合わせて約10万ポイント。

元々フォレストハウンド戦の後に15万近くあったポイントと合わせて――現在の保持エネルギーは、20万を突破していた。


「……来たな、これは」


ルトスの目が鋭く光る。


これまで節約しながらやってきた罠の設置、監視範囲の拡張、構造の補強。

どれもこれも、最低限の資源で切り詰めていた。

だが、今なら違う。資源もある。時間も、敵も、いる。


(ゴブリンたちが第一層に滞在してる間に、構造を誘導用に変える。

 戦闘が起きた南端区画は二層への階段に来づらくし、隔離用の封鎖通路を設ける。)


考えるだけで、改装案が次々に浮かぶ。


罠の設計。巡回用の監視魔物。戦力分散と誘導のための偽装空間。

第二層以降への逃走ルートと迎撃点の強化――


「ここから、始めよう。俺のダンジョンを」


ルトスは立ち上がると、再びコアに手を置いた。

視界に広がるのは、自らが作り上げた五層構造の骨組み。


それは未完成の砦。

魔物たちにとっての巣であり、人間にとっての脅威、そして――ルトスにとっての、“新たな生存の拠点”。


次なる敵を迎える前に。

まだ誰も知らないこの“第三界の穴”を、本当の要塞に仕立てあげるために。


***

そして――ルトスにとっての、“最後の居場所”。


かつて、人にも魔にも裏切られ、行き場を失った彼が辿り着いた“第三界の穴”。

そこには、秩序も善悪もなく、ただ存在するものが試される場所。


「この場所が、俺の世界になる。誰にも渡さない」


コアの輝きが、ルトスの意志に呼応するように脈打つ。

エネルギー残量――248,480pt。


この力を使えば、ただの防衛拠点では終わらない。

“狩場”であり、“監獄”であり、“戦場”であり、そして“母体”となる。

侵略者を逆に狩る場所。

生き延びた者が狂気に染まり、敗れた者は資源へと変わる。

あらゆる命が、このダンジョンの鼓動となるのだ。


ルトスは最初に、第一層の再構築から着手した。


まずは、戦闘のあった南端区画――ゴブリンとコバルトが激突した死の交差点。

そこを餌場として活用するため血の腐敗を防ぎつつ、死臭だけを残し、他の魔物を誘引する“疑似餌罠”を仕込む。

さらに、隣接区域にゴブリンたちのいるところへ通路の設置。ゴブリンたちのいる場所の先の通路には踏み込んだら天井が崩落する罠、毒ガスが撒かれる罠を設置。


「罠系統、投入。予定消費エネルギー……14,000、上等だ」


次に、第一層と第二層の階段に《シャドウストーカー》を配置する。

壁や天井に張り付く小型の影獣で、気配を殺し、音も立てずに侵入者を監視する魔物だ。本来は偵察用だが、短時間の足止め程度ならできる軽い戦闘能力も備える。影に溶けるように潜伏しながら、目と魔力感知で敵を察知し、即座にダンジョンコアまたはルトスに知らせるように命令する。


さらに第一層から二層への距離を稼ぐため

10,000ポイント分の通路を確保する。これで第二層へ行くためには罠のある20キロ以上の迷路をクリアしなくてはならなくなった。


“敵を迎える準備”というより、“敵を試すための舞台”。

このダンジョンは、もはやただの逃げ場ではない。

ルトス自身が、ここを通して世界と接触する、“唯一の手段”になろうとしていた。


「ここでは逃げない。むしろ……狩る側だ」


ルトスの声に呼応するように、コアが光を放ち、再構築命令が走る。


このダンジョンの命運を決める次なる“侵入者”が来る前に――

ルトスは、かつてのように誰かに裏切られることなく、誰にも支配されない“領域”を完成させるつもりだった。


第三界の底で、静かに、着々と、反逆の砦が築かれていく――。




—————————————————————ルトスはダンジョン内ならどこからでもコアのある部屋に行けるので洞窟に戻ってもゴブリンたちと遭遇しなかったって感じです。

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