第37話『コンテストに向けて』


 その翌日には足の痛みも減り、なんとかハーヴェス宝石工房まで帰り着くことができた。


 ウィルさんは半日ほど休んだあと、朝日が昇ると同時にユークレースの加工作業を始める。


「……見れば見るほど、見事な石ですね。同じ場所で採れたものが、どうしてここまで色が違うのか」


 手元のユークレースの原石をしげしげと眺めながら、ウィルさんはため息まじりに言う。


 私もその隣に座り、ウィルさんが作業する様子を眺める。心なしか、彼との距離が以前より近い気がした。


「その子は特になりたいものはないようですが、コンテストに向けて、どのような装飾品を作るんですか?」


「……秘密です」


 時折宝石たちの声を聞きながら尋ねるも、ウィルさんは教えてくれなかった。


 彼の中では設計図ができているようだし、楽しみに待つことにしよう。


「……くっ。また割れてしまった」


 それからしばらく作業を続けるも、『職人泣かせの宝石』の異名を持つユークレースの加工は想像以上に大変らしく、ウィルさんの腕を持ってしても失敗の連続だった。


「硬度はあるはずなのですが……なぜこうも容易く割れるのか。職人としての自信も無くなりそうです」


 大きく息を吐きながら、ウィルさんは作業の手を止める。


「少し休めば、気分も変わるかもしれません。ちょうど時間ですし、お昼にしましょう」


 そう言って、私はキッチンへと向かう。


 サンドイッチでも作ろうかと考えるも、ここ数日工房を留守にしていたこともあって、パンがなかった。


「こんにちはー!」


 途方に暮れていた時、お店のほうから声がした。


 出てみると、そこには大きなバスケットを持ったキャシーちゃんが、ルイド君と一緒に立っていた。


「あれ、二人ともどうしたんですか?」


「これ、差し入れです! コンテスト、頑張ってください!」


 言いながら、キャシーちゃんはバスケットを私に差し出す。


 受け取って中身を見てみると、大小さまざまなパンがぎっしり詰まっていた。


「こんなにたくさん……ありがとうございます」


「いえいえ! 下町の皆、この工房を応援していますからね!」


 キラキラの笑顔で、キャシーちゃんは言う。


 その横で、ルイド君はやけにソワソワしていた。


「……もしかして、二人はこれからデートですか?」


「そ、そんなんじゃねーし! 二人で買い物に行くだけだよ!」


 思わずそんな言葉が口をついて出る。ルイド君は顔を真っ赤にして否定していた。


 というか、それがデートでは……なんて考えつつ、私は二人の背を見送ったのだった。


 ◇


 差し入れにもらったパンで作ったサンドイッチを食べていると、今度はレイナードさんがやってきた。


「よう。首尾はどうだ」


「これはどうも。前評判通り、苦労していますよ」


 食事の手を止めて、ウィルさんが作業場の机を指し示す。


「お前さんほどの腕を持ってしても、一筋縄じゃいかないか」


 その上で砕けたユークレースの欠片を見ながら、レイナードさんはため息をつく。


「……だが、やってもらわなきゃ困る。今年こそ、下町から優勝工房を出すんだ。それができるのはウィル、お前だけだぞ」


 力強く言って、レイナードさんはウィルさんの背中をバシバシと叩く。


「わかっています。今の僕には……彼女がいますから」


 そう口にしつつ、ウィルさんは私を見る。一瞬遅れてその意味を察して、私は顔が熱くなった。


「はっはっは。ノロケられたね。期待してるから、頑張ってくれ」


 ひらひらと手を振って、レイナードさんは去っていった。


 ……その背を見送ったあと、私は両頬を軽く叩いて気合を入れる。


 ウィルさんがあそこまで言ってくれたのだ。私もできる限り、彼を支えていかないと。


 ……それから、私たちは寝る間も惜しんで加工作業を続けた。


『も、もう駄目だ。割れちゃう!』


「ウィルさん、加工の手を止めてください。少し、石を休ませてあげましょう」


「わかりました。あと少しですから、耐えてくださいね」


 ウィルさんに寄り添い、常に石の声を彼に伝え続ける。


 時間はかかるものの、着実に加工作業は進んでいった。


 その間にも、エレナさんをはじめ、何人もの人が工房を訪れては、応援の言葉をかけてくれる。


 それは私たちに、何より代えがたい力を与えてくれたのだった。

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