第58話 ノヴァの目覚め

 それから、ノヴァはさらに二週間ほど眠りについた。

 マルスがいくら呼びかけても、手を握っても瞼を開くことはなく、国中の医者や治癒系統の権能持ちを呼んで診てもらっても何の成果もなかった。

 だが……心配のあまりマルスの体重が五キロほど減ってしまった頃、唐突にノヴァが目を覚ました。


「あ、おはようございます。マルス様」


「ぬおっ……!?」


 普通に、あまりにも平然とした様子で声をかけられて、ベッドの横に座っていたマルスは椅子から崩れ落ちそうになる。

 それくらい、何の前触れもなかった。

 夜、普通に眠りについて、朝になったら目を覚ますかのように……ノヴァはそんな当たり前な様子で瞼を開いたのである。


「ノヴァッ!? 起きたのか……!?」


「あ、はい。起きました。おはようございます?」


 ノヴァは不思議そうな顔。どうしてマルスがこんなに驚いているのかわかっていないようだった。

 マルスの両目から涙が溢れてくる。魔物との戦いでどれだけ大怪我をしても泣くことなどなかったというのに、ボロボロと男泣きをしてしまう。


「良かった、良かった……君が無事で本当に良かった……!」


「ひゃあっ! どうしたんですかっ!?」


「ノヴァ……ノヴァ……!」


 マルスがノヴァを抱きしめる。

 ノヴァが急な出来事に驚いたものの、すぐに破顔してマルスの背中を撫でてくれた。

 マルスの内心はグチャグチャ。心配と安堵と喜びと様々な感情が混ざり合って情緒が壊れてしまっている。


「ごめんなさい。よくわかりませんけど、心配をかけてしまったようですね……本当にごめんなさい、マルス様」


「良かった……良かった……!」


 マルスがノヴァの細身が壊れてしまわないように抱きながら、子供のように泣き続けた。


「もしも君の身に何かあったら、もう俺は生きていくことができなかった……ご両親にも申し訳が立たなかっただろう。本当に目を開けてくれて良かった……!」


「はい、ごめんなさい。私もまたマルス様に会えて良かったです…………両親?」


 だが……マルスの腕の中で、ノヴァが不思議そうに首を傾げる。


「両親、両親……お父様とお母様? えっと……誰でしたっけ、それ?」


「誰って……どうした?」


 マルスが驚いて、抱擁を解く。

 ノヴァの顔を見ると……彼女は何かを思い出そうとしているように眉間にシワを寄せて、しかし、すぐに子供のようにあどけなく首を傾げた。


「ごめんなさい。私にお父様とお母様なんていましたっけ? ちょっと記憶にないんですけど……?」


「ノヴァ……!」


 マルスが息を呑んだ。

 そこでようやく、ノヴァが目を覚ましたことが決して奇跡や女神の御業などではないことに思い至る。


「ノヴァ、君はもしかして……」


「はい?」


 マルスは謎の恐怖に突き動かされながら、ノヴァに一つ一つ質問を投げかけていく。

 ノヴァはマルスの問いにサラサラと流れるように答えていくが……彼女の回答を受けるたび、マルスの顔が青ざめていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る