第51話 奇跡の反転
「その男は時間をさかのぼっているわ! 未来の世界で魔女になった貴女と戦って殺しているのよ!」
廃墟の壁際に座り込んでいたアリアが叫んだ。激しい憎悪を込めて。
「なっ……!」
思わぬ事態を受けて、マルスが愕然として目を剥いた。
アリアが乱心したことは分かっていたが……まさか、こんなことをするとは思わなかった。
(何故だ……どうしてそれを言った!? このタイミングでッッッ……!?)
他でもない、アリアが口にしたのだ。未来の世界で。
『私達以外の人間に未来の情報を話さないでね』
『それが代償。奇跡を起こすために必要な制約だから』
『もしも私達が未来から来たこと、未来に起こることを部外者に話してしまったら、奇跡が反転して大きな災いが降りかかるわ』
時間回帰という人間の身には過ぎた力に対する代償である。
もしも未来についての情報を無関係な人間に開かしてしまえば、奇跡が反転してしまう。
大きな災いが……『滅獄の魔女』による厄災を回避するという祝福をそのまま引っ繰り返した厄災が訪れてしまうのだ。
「私が……マルス様と……?」
「ノヴァ、聞くな!」
マルスがノヴァの耳をふさいだ。
しかし、それは遅すぎる対応だった。致命的な遅れである。
「……アッ……ギャ…………」
引きつった声が漏れる。他でもない、アリアの口から。
アリアの肉体が歪んでいく。手足が折れ曲がり、首が捻じれ、血管が浮き出て、ブクブクと泡立つようにしてアリアの身体が膨張していく。
「ノヴァ……ここにいてくれ……!」
「マルス様……!?」
「フンッ!」
目を覚ましたばかりのノヴァを残して、マルスが咄嗟に動いた。
異形となりつつあるアリアに接近。両手で握りしめた大剣を振るう。
「なっ……!?」
しかし、振り下ろした大剣が中ほどでボキリと折れた。
【最強】の力を受けて、剣もまた強化されているはずなのに……アリアの肉体の体表部分をわずかに斬り裂いただけ。硬い芯に当たって砕けてしまったのである。
「……オオオ、オオオオオオオオオオオッ…………!」
「グッ……!」
アリアの身体からブチュリと音が鳴り、鋭く触手が伸びてくる。
咄嗟に後方に飛んで回避したものの、完全には躱しきれずに肩を裂かれた。
「マルス様……大丈夫ですかっ!?」
「問題ない、かすり傷だ。それよりも……!」
「ひゃっ!」
マルスがノヴァの身体を抱きかかえた。
ノヴァが驚きの声を上げるものの、構っていられる状況ではない。
「逃げるぞ……!」
マルス一人であれば、最後まで勇敢に戦ったかもしれない。
しかし、今はノヴァがいる。ここから離れることを優先的に選択する。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」
廃屋から飛び出したマルスの背中を絶叫が叩く。
素早く距離を取った直後、建物が内側から崩落する。
「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアァアアアッ!
鼓膜が破れそうになるような大音声を上げて現れたのは、人であったとは思えない怪物である。
黒いブヨブヨとした巨体。楕円形の肉体は十メートル以上もあり、身体のあちこちからイソギンチャクのような触手が伸びている。
巨体の頂点近くには顔があった。アリアの顔が貼りついており、デスマスクのように表情と生気を無くして目を閉ざしている。
「これが……奇跡の反転によって生まれた怪物なのか……!?」
女神の力が反転することで、こんなにも
目の前にいる存在がこの世にあってはならぬ物であると、改めて痛感させられてしまう。
『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ! GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!』
世界への憎悪を込めて、アリアであった厄災が吠える。
女神の奇跡から生まれた魔物……『神災』とでも呼ぶべき魔性の絶叫に、マルスはかつて『滅獄の魔女』と戦った時以上の怖気を感じたのであった。
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