第49話 聖女と呼ばれた娘
「……本当に君なのか、聖女様」
「わからないでしょうね……醜いと言いたいのでしょう?」
「醜いとは思わないが……ムウ」
目の前にいるアリアは、決して醜いと呼ばれるほど不細工な顔つきではない。
しかし、かつての聖女の顔を……女神の化身のような輝かんばかりの美貌を知っているマルスとしては、やはり違和感が強かった。
「そうよ……これが本当の私。『アン』と呼ばれていた頃の私の姿よ……!」
アリアが自虐するように唇を歪めて言う。
「私は平凡なシスターだった。この国とバラセアン王国の国境近くにある修道院にいる、何の取り柄もない女だった。あの日、女神様の託宣を受けるまでは……!」
「……聖女に選ばれて、加護を与えられた」
「そうよ! 『滅獄の魔女』によって国が滅ぼされて、私は仲間のシスターと一緒に隣国に逃れた! 魔物に追いかけられ、死にそうな思いをして……そんな中で私は女神様の声を聞いた。聖女に選ばれたの!」
アリアがナイフを握る手にグッと力を込める。
思わずマルスが動きかけるが……今はまだ、堪える。
「栗毛の髪がプラチナに染まった。平凡な顔が天使様みたいに整ったものに変わった! 胸だってふっくらとして、まるで別人みたいになった! 女神に願い、奇跡を起こせるようになった! どこにでもいるシスターじゃない、特別な人間になったのよ!」
「そして、世界を救った。俺たちと一緒に」
「そうよ! 女神の敵を、『滅獄の魔女』を倒したわ!」
アリアが高々と哄笑を上げる。
まるで、狂える魔女であるかのように。
「私は聖女の務めを果たしたわ。女神様の言うとおりに戦って魔女を倒して、世界を回帰させて魔女が生まれる前まで戻した。使命をやり遂げたのよ!」
「そうだ……君のおかげで俺は故郷と家族を取り戻した。それなのに、どうしてこんな真似をする?」
「ッ……!」
マルスの問いに、アリアがグチャッと醜悪な顔になる。
先ほど、マルスはアリアを醜くないと言ったが……その顔を見て、意見が変わる。
妄執に取り付かれたアリアの表情はあまりにも醜い。聖女どころか、悪魔のように見えてしまう。
「だって、仕方がないじゃない……全部全部、無くしちゃったんだから」
「無くした……?」
「そうよ! 天使のような美貌も女神の加護も、過去に戻ったら無くなってしまったわ! 平凡なシスターに戻ってしまった! こんなのってないじゃない!?」
「…………」
「私は世界を救ってあげたのに、その結果がこれだって言うの? これじゃあ、聖女の務めを果たした意味がないじゃない!」
「意味がない……?」
「そうよ! どうして世界を救った私達が不幸にならなくちゃいけないの!? 命を懸けて魔女と戦ったのよ、ご褒美くらいあったって良いじゃない!」
「……そうか。そうだな」
マルスが悲しそうに首を横に振った。
フランツとの会話でも感じたことであるが、やはり一度は友と呼んだ者が変わってしまうのは悲しいことだった。
「俺達は世界を救うため、人々を守るため、倒れていった者達の無念を晴らすため……ただそれだけのために戦っていたはずだ。利益や名誉のためではない。ただ、人々のために魔女と戦ったはず……違うか?」
「そんなのっ……!」
「少なくとも、かつての君はそうだった。そんな君だからこそ、俺達は共に戦いたいと思ったのだ」
「…………!」
マルスが静かな口調で淡々と言うと、アリアの唇がワナワナと震える。
「そんなの……綺麗ごとよ……!」
「そんな綺麗ごとを信じて突き進んでいた……そんな君だからこそ、俺は『聖女』と呼んでいた。少なくとも、未来の世界の君は聖女だった。外見や加護の有無は関係ない……誰かを救うために無償で戦っているからこそ、君は聖女だったのだ」
「ッ……!」
「残念だ。とても」
マルスが心からの失望を込めてつぶやき、悲しそうに目を細める。
「俺が信じた聖女はもういなくなってしまったのだな。本当に、心から残念だ」
「この……マルス、マルス、マルスウウウウウウウウウウッ!」
『本音』という名の言葉の刃を受けて、アリアが最大の動揺を見せる。
その瞬間、ノヴァの首に突き付けられていたナイフの切っ先がほんの少しだけ離れたのをマルスは見逃さなかった。
「隙ありだ……!」
「あっ……!」
ナイフが離れたのはたった三センチほどだったが、それはマルスがアリアとの距離を詰めるには十分な猶予だった。
マルスの左手がナイフの刃を掴み、右手がノヴァの身柄を奪い取る。
「悪いが……ここまでだ」
「ッ……!」
「悪いことは言わない。罪を償い、やり直せ……この世界が俺達の世界だ。破滅の未来はもう永遠に消えたのだ」
最後通告を与えて、マルスがそっとアリアを突き飛ばした。
それはまとわりつく幼獣を振り払うような優しい手つきだったが、アリアは廃墟の壁際まで突き飛ばされて座り込む。
「ノヴァ……ノヴァ……!」
マルスは呆然と座り込んだアリアに視線をやることなく、取り戻した婚約者に呼びかけるのであった。
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