第39話 ノヴァの失踪
「どういうことだ! いったい、俺の留守中に何があったのだ!?」
マルスが怒りの形相で拳を壁に叩きつけた。
顔を真っ赤にしたマルスの前では、エリックを含めた数人の使用人が縮こまっている。
少し離れた場所に、両親も神妙な面持ちで立っていた。
「ノヴァが行方不明だと……まさか、かどわかされたのか……!?」
マルスが怒り狂っている原因……それは婚約者であるノヴァが行方不明になったためである。
数日前。
マルスは隣の領地から救援要請を受けて、遠征に向かった。
領内に魔物の群れが出現したため、討伐に力を貸して欲しいと頼まれたのである。
『それじゃあ、行ってくる』
『はい。無事の帰還をお祈りしております』
別れ際に交わしたそんなやり取りが最後の会話になった。
マルスが魔物を殲滅して戻ってくると、ヴォルカン侯爵家の屋敷からノヴァが消えていたのである。
ノヴァの失踪を知ったマルスは半狂乱になり、焦りと怒りに任せて怒鳴り散らしていた。
「何故、ノヴァを一人にした!? 彼女は俺の婚約者だぞ。もしものことが起こったらどうするというのだ!?」
「申し訳ございません……」
「面目次第もありません……若様……」
使用人が苦渋の表情で頭を下げてくる。
普段であればこれくらいで怒りを引っ込めるところだが……今回はそうもいかない。
大切な婚約者がいなくなってしまったのだ。奥歯を噛みしめ、目を吊り上げて怒声を発する。
「御免で済む問題ではない! どうしてこうなったのかと聞いているのだ!」
「やめろ、マルス。それくらいにしておけ」
「父上ッ……!」
「時間の無駄だ。少し、黙れ」
「ッ……!」
父親……ボールス・ヴォルカンに叱られて、マルスがようやく黙る。
しかし、拳は握りしめたまま。顔は鬼神のごとき憤怒相。今にも人を殺してしまいそうな殺気を全身から放っていた。
「ノヴァ嬢がいなくなったのは一昨日の夜のことだ。外部から何者かが侵入した痕跡はなかった。状況から見て、ノヴァ嬢が自ら屋敷を出たと思われる」
「何故ッ……!」
「だから、黙れと言っている……ノヴァ嬢の失踪に気付いたのは翌日の朝だ。そして、同時に使用人が一人いなくなっていた。少し前に雇ったメイドだ」
「メイド……」
ボールスの淡々とした説明に、マルスがようやく冷静さを取り戻す。
状況からして、そのメイドが関係しているに違いない。
「……そのメイドがノヴァを攫ったのですか?」
「調査中だ。ノヴァ嬢のこともメイドのことも探している……少なくとも、近隣の村や町には姿を見た者はいない」
「……そうですか」
マルスは父親の言葉に頷いて、再び使用人達の方に視線をやる。
使用人達がビクリと肩を跳ねさせるが、構うことなく訊ねた。
「いなくなったメイドの名前と出身は? 誰の紹介でここに勤めている?」
「……名前はアン。出身はわかりませんが、神殿からの紹介になります」
使用人を代表して、エリックが答えた。
「神殿から……孤児院の出ということか?」
貴族の屋敷で働く使用人には、エリックがそうであるように代々家に仕えている一族の出身者以外に、神殿などから紹介される人材がいた。
魔物という人類の敵がいて、疫病や災害も当たり前のように存在しているこの世界において、人の死は身近にあるものだ。
親を亡くした孤児が神殿の経営する孤児院に引き取られ、育てられることが往々にしてある。
成長した孤児は貴族や商人のところに奉公に出される……珍しいことではなかった。
「もちろん、神殿からの紹介状を持っていました。【看破】の権能を持った人間に視てもらっており、アンという女性に悪意や敵意は存在しませんでした。間違いありません」
「フム……」
侯爵家のような大貴族の場合、使用人を雇い入れる前に権能を使って犯罪歴や悪意の有無を調べるものだ。
誤ってスパイや暗殺者を招き入れることが無いようにとの方策である。
アンという名の女性には本当に悪意は見られなかったのだろう。
「神殿にアンの素性について聞きましたが……王国東部の出身であること、魔物によって両親を失っていることしかわかりませんでした。孤児院にいた頃は年少の子供の面倒も良く看ており、信心深い敬虔な女性だったそうです」
「……そうか」
(メイドの関与については不明だが……いったい、犯人の目的は何なのだ? ノヴァを人質にして、ヴォルカン侯爵家に取引でも持ちかけるつもりなのか?)
わからない。情報が少なすぎる。
再び、マルスの脳裏を怒りと苛立ちが支配していく。
「それと……すみません。若様の留守中にお手紙が届いています」
「手紙……まさか、誘拐犯からの……!?」
「い、いえ、手紙が届いたのはノヴァ様がいなくなる前です。以前、隣国に出していた手紙の返事のようですね」
エリックが申し訳なさそうな顔で一通の書状を差し出してくる。
送り主の名前は知ったもの。未来の世界でマルスと共に戦った戦友のものだった。
「……貰っておく」
今は手紙など、どうでも良い。
そう考えながらも、マルスはひったくるようにして手紙を受け取ったのであった。
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